カテゴリー別アーカイブ: まちづくり・環境

 これまでにないごみ焼却施設としてのデザインを実現したことから、武蔵野クリーンセンターがグッドデザイン賞を受賞した。塀で囲まれていないことやエネルギーの地産地消をめざしていることなどが理由だ。詳しく調べていないが、おそらく、ごみ焼却場としては初受賞ではないだろうか。

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■多摩26市で制定していないは3市のみ
 
 武蔵野市では、現在、自治基本条例の検討が進められている。自治基本条例の前文には、みずからの自治体はこのようなまちであり、このような姿を目指すなど基本理念が書かれることが多く、自治基本条例には、この市民憲章の理念を引き継ぐのが一般的だ。

 この憲章は欧米では古くからあり、市民社会をつくる上での約束事として定められている。起源は1215年のイギリス大憲章、マグナカルタと言われている。ただし、欧米と日本とでは社会状況が異なるので単純に比較するのは難しい。
 国内では1950年の広島市の市民道徳、あるいは1956年の京都市市民憲章と言われており、50年以上の時を経て国内の自治体に広がっており、全国の市の8割以上で制定されている(市民憲章情報サイトより)。
 多摩26市で調べてみると、制定していないのは八王子市、国立市、多摩市のみという状況だ。

namiki■武蔵野市は緑の憲章

 市民憲章の大半は、そのまちの風土や歴史、特徴などを記し、市民が継続的に心がけるべきスローガンのような目標を数個の箇条書きにしてあらわすのが一般的だ。

 では、武蔵野市ではどうか。憲章といえば、昭和48年に制定された武蔵野市民緑の憲章がある。緑の市民憲章は、昭和30年代に急速な都市化、宅地開発が進められ、武蔵野市の緑の減少が進む中、第一期長期計画において緑のネットワーク計画が六大事業の第一事業となったことから制定されたのが経緯だ。

 内容は、市民が緑を守り育てることや、市が緑化計画を定め推進体制を確立するなど、憲章とはいうものの緑化を進めることが目標で、まち全体の姿や理念を示す内容とはなっていない。まちの全体像を表す憲章ではないのだ。

■宣言もある

 市民憲章と同じように市の理念を示すものとして、宣言がある。武蔵野市では世界連邦宣言や公害排除都市宣言、福祉都市宣言、非核都市宣言があるが、どれもその当時の社会的な背景をもとに個別の問題への対応を宣言したものだ。どれも、議会提案により定められている。

 しかし、これから武蔵野市がどのようなまちにしていくのか、あるいはどのようまちを目指しているのかという理念を示すまでにはなっていない。

 ではなぜ、緑の市民憲章や世界連邦宣言、福祉都市宣言など、個別政策についての理念を示すものはあるのに市全体を示す憲章はないのか? 市として、これまでに市民憲章を検討したことはないのか? あった場合は、どのような内容だったのか? 検討していない場合は、なぜ検討していないのか? 

■自治基本条例や議会基本条例の参考に

 今後、自治基本条例を制定するのであれば、武蔵野市がどのようなまちであり、どのようなまちにしていくのか、議会基本条例でも同様に、前文もしくは本文で記す必要が出てくるだろう。しかし、市民憲章がどうなっているか、過去の文献を調べても分からなかった。そこで、先の9月議会一般質問でこのことを確認してみた。

 市長の答弁によると、一般的な市民憲章はつくってこなかったが、これは武蔵野市民緑の憲章において、緑という個別的な対象を基軸としながらも、市民としての自主的、自発的な行動指針を示す意味で普遍的な市民自治の理念にもつながる理念を掲げていること。
 また、その他の各種宣言においても、それぞれの目的に応じた理念を掲げていることから、あえて市民憲章の制定について積極的な検討の必要性が薄かったからではないか。

 骨子案を検討している自治基本条例では、緑の憲章や各種宣言の趣旨を踏まえた武蔵野市のこれまでの自治の歩みについて前文に記載し、さらなる自治の推進に向けた決意を明らかにしていくことがよいと考えている、としていた。

 他でも調べてみると、まちの全体像を表す市民憲章を検討したのかは分からかった。市長答弁でも、推測の範囲であり疑問の解消とはならなかった。

 今からあえて市民憲章をつくるとまでは考えてないが、武蔵野市はこんなまち、武蔵野らしさという言葉がなんとなく出てくることが多いことを考えると、自治基本条例や議会基本条例の制定過程で、今一度、あらためて武蔵野市のまちの理念、めざす姿を考え議論していくことが必要だろう。

 理念む明瞭で国政が混乱している中、自治体としての武蔵野市の芯をつくるためにも、今後、重要なポイントとなりそうだ。

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 マンホールのデザインは、自治体ごと違うことをご存じだろうか? 
 最近では、このデザインの違いを楽しむ人も増えてきている。どのまちにある大正時代から変わらないデザインではなく、まちの魅力発信、観光用として作りなおそう。

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