地域・コミュニティーへつなげられるか  市民会館の今後

 10月14日に開催された市民会館文化祭でのワークショップ「市民会館を考えよう」に参加した。現在の市民会館に改築するさい、市民から多くの意見を出してきた人たちが当時の様子を話し、これからの市民会館を考えようとの内容だった。
 話を伺っていると社会教育施設として設計されたのに(他自治体では公民館)、施設ができたら社会教育施設ではなくなっていた、とになる。

■求めた内容ではない

 ワークショップでは参加者が小グループに分かれて意見交換をしたのだが、その前に当時の様子を話題提供者として4名。他に会場からも数名の方々が発言されていた。署名活動を行いながら、他の自治体の公民館を調べたり、どのような施設が望ましいのかを学び意見をまとめてきたと当時のそれぞれの運動の様子を話されていたが、内容に共通して言えるのは、市民から社会教育施設にして欲しいとの請願が議会や教育委員会に提出され、可決されたことなどから市民と協議しながら施設設計を行ってきた経緯があり今の市民会館ができたということだ。
 なぜ必要と考えたかは、それまでは地域ごとに母親学級、PTAでの学びの機会が多くあり人のつながりができていた。これを支えていたのが市の職員だった。この流れをもっと広めるには、専用の施設と職員がいる。だから社会教育施設にと運動をしたと話されていた。
 しかし、施設は願いどおりにできたが、今の中身は違っている。建設時に求めていたことを実現してほしいと考えている人がほとんどだった。

 市民会館条例には『第1条 この条例は、武蔵野市における社会教育の振興を図るとともに、市民及び地域社会の文化の向上と福祉の増進に寄与する(以下略)』とあるが、話を聞く限りでは社会教育を振興する施設になっていないとなる。

 確かに社会教育主事資格を持つような専門職の職員は市民会館に配置されていない。そればかりか、嘱託の方に運営を頼んでいる状況で、近くに武蔵野プレイスができたことで、市民の活動に必要な資料を提供する意味で開設されていた図書コーナーもなくなっている。子ども連れでも学びができるように設置した保育室は、当初は保育士を配置したもののいなくなり部屋だけが残る形になっているなど市の事業としての社会教育への本気度は低いと言えるだろう。

「どうなるか市民会館」でも書いたが、一般的な公民館ではないないのが市民会館だ。請願が通り、建設への意見を取り入れてもらい設計が進んだが、いよいよ開館となったときに、求めていた社会教育会館だったのがいつの間にか市民会館と名前が変わっていたとの話もあった。この名称変更がなぜ起きたのかは分からなかったが、名称変更が大きなポイントだったのかもしれない。
 確かに言えるのは、当時の話を聞くと、専用施設と施設を運営する専門職員=公民館を求めていたことだ。当時でもそれまでは貸館だったと指摘されているが、結果的に現状も変っていないとの意見も多かったことを考えると、いったい何が起きてきたのかと思う。

■社会教育とは

 社会教育というと学校教育、家庭教育以外の幅の広い教育で、カルチャースクールも含まれていいのか、生涯学習にとってかわられたとの考え方もあるが、コーディネターの田中雅文さん(日本女子大学教授。武蔵野の森を育てる会代表。武蔵野市NPO・市民活動ネットワーク理事)は、一律には言えずイメージはそれぞれだが、教養を深めること全般が生涯学習であり、社会教育もその中に含まれると考えるべきだろう。自立的に学ぶこと、仲間と学ぶこと。趣味や生きがいではなく、社会、まちづくりへ目を向けた学びであり、学びをとうして人のつながり、地域・コミュニティーにつながっていくものを社会教育と考えるべきではないか。そのさい、市民任せではなく、行政が責任を持つ部分がどうあるべきか、どうありたいかも考えなくてはならないと話されていた。
 つまり、地域・コミュニティーへつなげていく教育となる。

■地域・コミュニティーへつなげられるか

 現在、地域、コミュニティーの人間関係の薄さ、新たな人材が地域活動に入ってこないと嘆く声は良く聞く。原因には社会的な背景だけではなく、その仕掛けづくりがあまりできていない、その仕掛けづくりに社会教育が重要な役割を持つのではないか。本来求めていた施設とは違うとしても市民会館という施設があるのだから、もっと活用する必要がある。そこには仕掛けづくりを理解している職員を配置する必要がありそうだと話を聞いていて思った。

 なぜなら今回の話題提供者の人たちは、市民会館への運動で地域を超えてつながっているからだ。そのつながりが地域福祉の担い手になっている。社会教育が地域・コミュニティーづくりにつながっている具体例ともいえるからだ。

 もちろん、公民館を作れば解決するものではない。コストカットのために正規職員を配置せず、事業費を削り、結果的には貸館になっている公民館の例もある。公民館で学んだ団体が公民館の学習室などを優先的に使い、新たに使いたい人が使えないという既得権化する例も聞く。社会教育主事を持っていても仕掛けづくりを担える職員になるかとの保障もないなど公民館があればバラ色になるのでもないのだ。さらに行政が市民を教えるのか、と問われると、それも違うだろうと思う。公民館という館ではなく、事業というソフト、ソフトを担える人がポイントだ。

■今後の可能性

 今回の話のなかで話題提供者から市民会館をコミュニティセンターにできないかと市から相談されたとの発言があった。今後、コミュニティセンターになる可能性があることになる。コミュニティセンターは、市職員が運営を行うのではなく市民が自ら運営するもので公民館とは違うもの。社会教育とは異なった性格になってしまうかもしれない。
 また、ヒューマンネットワークセンター(他の自治体では男女共同参画センター、あるいは女性センター、婦人会館の位置づけになるが、そこまでの事業規模はなく、女性の人権に特化せずヒューマンと命名されている事業&施設)の総会では、市民会館の一部に入りたいとの運営委員の意見を聞いた。どちらかと言えば市民会館と性格が似ている事業だが、それでも、本来市民が求めていた施設とは変わってしまう可能性もある。

 と考えていくと、公民館のようにして市民会館を活性化するのか。あるいは、他の事業に変えていくのか。複数の事業を行う施設にするのか。それとも今のままかと今後には複数の選択肢があり、方向性を考えなくてはならないのが市民会館ともいえる。
 
 すぐに答えは出せないが、改築当時の話を聞くと、当初目的にために一歩前進させてみることが必要ではないだろうか。新たに職員を雇用しなくても、社会教育主事の資格を持つ市職員はいる。また、資格がなくても意欲のある職員がいれば活性化は十分可能ではないか。正規ではなくとも公民館の経験のある職員を任期付などで雇用することもできるはずだ。事業と言っても、市民の中に講師になれる人は多く、市の職員でも対応できる分野も多いはずだ。周辺大学との連携をすでに市では行っている。この連携を活用することもできるだろう。となれば、そう多くの事業費が必要なくできるはずだ。
 行政の手助けを求めず、市民が自ら考え活動するという考え方に基づいてコミセンがあるが、そのコミセンでも新たな担い手がいないと嘆きの声を山ほど聞く。地域・コミュニティーづくりにつなげる事業として行い、育った人材は自ら世代へとつなげるようにコミセンや学校などに広めていくことが必要ではないか。その核になる施設としなくては、この施設の意味がないはずだ。

市民会館

【参考文献】

 武蔵野市百年史(続編 記述編)の第三章 子ども・教育(515P)には次のように記されている。この文献を見てもワークショップでの話が裏付けられている。

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 昭和五九(1984)年10月、境二丁目の市民会館が新装オープンした。旧市民会館は四三年に移転するまで市立第二小学校が使っていた木造建築で老朽化が激しく、五八年七月から全面改装工事に入っていた。
 鉄筋コンクリート造り、地上二階地下一階。市民や地域社会の文化の向上や福祉の増進、社会教育の振興に役立つよう、最新の設備を備えた施設に生まれ変わった

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 武蔵野市教育史の354pにも次のように記されている(こちらはネット上にはなし)

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(前略)同館の改築については、五七年に社会教育委員会会議より教育委員長に答申が出されていた『教育むさしの』(昭和五七・五・二六)は、その内容を次のように伝えている。
 答申によると、市民会館は、自己教育・相互教育を行う場としての条件を多面的に整備するためには、次のような配慮が必要であると述べています。

 一 社会教育施設としての原則
  1 いつでも、だれでも、自由に利用できる。
  2 生涯学習の場として、継続的に学習できる。
  3 個人・団体相互の交流・育成ができる。

 二 社会教育事業の実施
  1 学級・講座の開催
  2 団体・グループ活動の奨励・援助と相互の交流・連絡
  3 講演会・講習会・研究会展示会の開催
  4 情報・資料の整備

 三 運営のあり方
  1 社会教育事業を行う。
  2 運営、事業計画等に関して市民の意見を聞く機会をもうける。

 四 その他
  施設や建物に規模等について具体的に答申されています。

 教育委員会では、この答申を尊重して、具体的な改築計画をすすめていきます。

 工事完成を伝えた『市報』(昭和五九・一〇・一五)は、「市民会館新装オープン━━社会教育活動の拠点に━━」と見出しを掲げて、次のように述べている。
 市民会館は、武蔵野市の社会教育の振興を図るとともに、市民および地域社会の文化向上と福祉を増進させるために、最新の設備と学習環境を整えた施設に生まれ変わりました。
(中略)
 それまでは、市民活動のための貸館業務が主であったが、五九年からは「母と子の教室」等の開館独自の業務も行うようになった。

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