市民と議員の条例づくり交流会議in宝塚(1) 住民が納得する議会か

 10月19日に開催された「市民と議員の条例づくり交流会議 in 宝塚」に参加した。テーマは「議会の今、そして未来(これから)」。議会基本条例が多くの議会で制定され議会報告会や議員間討議が実施されているが、それでどうなったのか、どうすれば住民の納得を得られるかが議論されていた。

写真1


■論点が明確か

 会議の冒頭、開催地の北山照昭宝塚市議会議長が、なぜ議会改革を進めたのか、議会基本条例制定に何が変わったのかについて基調報告を行った。
 北山議長によると議会は制定前から議長を決める際に何をするのかを表明したうえで議長を選挙で決める立候補制を導入したり、議会研修会に市民も参加できるようにしていたなど活性化していた。しかし、市長が二代続けて逮捕される不祥事が続き、この10年でセクハラや無免許運転などで4名の議員へ辞職勧告決議が相次ぎ、議会は何をしているのか。行政をチェックしているのかとの大きな反省から、住民へ議会報告会などをしないとならないの意識が広まったことが改革につながったとされていた。
 議会の不祥事が議会改革の発端になる例は多いが、これほどまでとは驚いてしまう。しかし理由は別としても、宝塚市議会では、議会基本条例を制定するだけではなく、自由討議を導入するなど審議の手法を改善しており、議場での議論の論点が分かりやすく整理された委員会報告書も作られている。これがあることで、議会の閉会直後でも、どのような論点があり、どのように議論をしたのかすぐに報告できる体制なのだそうだ。報告会をする、しないは別として、このことは非常に参考になった。次の廣瀬教授の問題提起へひとつの答えでもあると思う。

■決まったことを報告しても意味がない

 会議では、廣瀬克哉法政大学教授の基調講演があり、現在では全自治体の約4分の1、市議会の3割以上、都道府県議会の過半数が議会基本条例を制定し、議会改革は着実に普遍化されている。しかし、議会改革は自治体改革につながっているのか。うちの議会はしっかりしているから、決定を任せて安心となっているのか。議決責任を果たし、住民に納得されている議会を実現すべきだ。議会が決めることは自治体の意思になる。だから、住民の意思を反映し審議で論点、争点を明確にし、住民が納得できる決着がつけられているか、と問題提起をしていた。
 耳に痛い内容だが、まさにその通りだろう。そこまでの道のりは、まだまだあるとしても、一歩でも近づくための手法について、今回の会議はいろいろなことが参考になった。

 そのひとつは、住民との距離感についてだった。議決したことを住民の説明しようと議会報告会を議会基本条例で規定し、実施する場合が多いが、議会側の思惑とは異なり、住民の参加が少ないという課題を抱えている議会は少なくない。参加したとしても議員の数や報酬を減らせという意見ばかりで、議決の報告や意見交換にならないというケースはよく聞くことだ。
 廣瀬教授は、議会からの報告について、議会で実のある議論の上に物事を決めているかが問われている。いろいろな論点、視点から質問し、他の手段はないのかなどを議論した上で決着したと報告しているか。議会が通ったのだから住民は安心できるのか。何よりも決まったことだけ説明されても意味がない。住民は、議案を決める前に意見を聞いて欲しいと考えている。決まったことを報告するのではなく、決める前に意見を求めるべきではないかと指摘していた。
 このことは行政による説明会も同じだ。決めてしまったことを説明されても、今から変更できないとなれば意味がない。議会も行政も、決める前に意見を聞く、そのうえでできること、できないことを判断し最善の結論に結び付けているかが問われており、その結果を報告できるのかが問われているのだと思った。

■議会の重要性を理解されているか

 もうひとつは、あらためて考える必要もないと思うが、議会の重要性についてだった。
 高度成長時代では、全国が一律に同じ行政サービスを整えていくことが求められ、国からいち早く補助金を得て公共施設や行政サービスを獲得するのが首長や議会の大きな仕事だった。それが、税収が増える見込みがなく、社会保障費が増えていく時代になり行政サービスの縮小が現実になっている。何を選択するのかが求められている時代になっているが、それを国が決めるのではなく、住民に最も近い存在である自治体で決めなくてはならない。なぜなら自治体によって人口も違い産業も違う。高齢化率、人口の将来の増減も違う。どこに限られた資源を充てるかは自治体によって違う。これを国か決められるか、解決できるのか。ローカルな最適戦略を自治体で決めなくてはならず、決定権を持つ議会の重要性が高まっているとの廣瀬教授の指摘だ。
 だが、先のように、決定にしたことに住民が納得できているのか。議会が知られているのかが問われている、とも指摘していたことだ。

 よく、国とのパイプが重要だ。国と連携して、とのフレーズを聞くことがあるが、国任せでは自治体の運営では難しい時代になっている。特に国からの補助金をあてにするようなこともできないのが今だろう。自治体が自らの特性に合わせた政策を実現できるのか、増えてしまった事業をどのように減らしていくかが問われており、その取捨選択の決定権を持つ議会の重要性がより高まっているのだ。それも、住民の納得を得られての決定だ。
 残念ながら、武蔵野市議会も含めて多くの議会はそこまでは到達していないのだと思う。議員自身が理解していないこともあるのかもしれない。冒頭、議会基本条例の制定が増えてきていると説明があったが、制定がゴールではなく、納得してもらえるか。存在が本当に必要だと思われているかが問われており、思われる存在にならなければならないと改めて思った。
 
 会議では、議会報告会の手法だけでなく、意見や視点が違う議員間の同士の議論によって論点を明確にしていく自由討議(議員間討議)などの重要性もあることなどから、この後の分科会へと移った。(続く)

【参考】
宝塚市議会 (委員会報告書)