菅元総理への処分は思いつき? 民主党が必要か悩む日々

 読売新聞などが、菅直人元総理への民主党しての処分を『「除籍」よりも軽い「党員資格停止3か月」とする案で調整に入っている』と伝えている。
 そうだろうな、と思う処分内容だが、そもそも、落としどころを考えていたのか。アクションを起こせば、そのハレーションがどのようになるかを考えていたのか、と思う。


 良いか悪いかは別として、根回しが行われるのが日本の社会だ。除籍や離党勧告という重い提案をするのであれば、そのハレーションがどのように起きるかを想定しておくのが当たり前だ。将棋で言えば、次の一手とその先の詰みを考えていたのかと思う。参院選で公認候補を一本化についても、何が起きるのか想定していたのだろうか。

 選挙をしたことがあれば分かるが、選挙期間は試合で言えば終盤戦。事前に積み上げてきたことの最終局面だ。それまでに多くの人が集まり活動し、お金も注ぎ込み事実上の選挙はスタートしており、公示日前の取り消しはあり得ないことで、そこまでするのあれば相応の対案を用意しておくのが当たり前のことだ。

 組織を運営する者であれば、過激な意見を持つ者と反対する者、他の多くの人たちの考えを考慮して、一定の落としどころ、着地点を探るのが仕事だろう。自らの権限を振り回すことで組織が運営できると思ったら、勘違い人間そのものだ。国民が民主党のことをどう思っているか、内紛が嫌われたことが大きな原因だったことをまったく考えていなかった、重い提案を思いつきで行ったとしか思えない。

 読売新聞には『「細野氏が海江田氏を引きずり下ろすために、できもしない処分の実施を幹事長辞任の条件に挙げたのではないか」と疑念の声が上がっている』とも書かれているが、それが本当ならかなりの策士だろう。しかし、策は、他のことに使ってもらいたい。溺れるための策では、迷惑なだけだ。

 ピーター・ドラッカーが「組織が存在するのは組織自身のためではない。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティー、個人のニーズを満たすためである。組織とは目的ではなく手段である」と指摘しているが、民主党が誰のため、何をする組織なのかを考えなおす時期だ。組織の役職にしがみつくような人ばかりでは、組織として意味を成していない。ドラッッカーはまた「社会は、倒産し消滅しうる組織を必要とする』(民営化がなぜいいのかの論での言葉。どちらも『断絶の時代』)とも語っているが、身に染みる言葉だ。

 民主党の所属している自治体議員で意見を交わしているが、民主党にいてもマイナスばかりで意味がなく、いっそ無所属のほうがいい。結局、民主党内部の組合組織の権力争い、自分たちと考えが違うグループを排除することに辟易していると民主党の内部への不満の意見と、ここで辞めたら民主党はおしまい。国会議員だけで勝手に考えている党を辞めるのを踏みとどまって自治体議員から変えるべきだなどの意見がある。どちらの意見とも、もっともなこと。私も同じ考えだ。私自身も国会議員だけでドタバタしている民主党にあきれ、いっそのことと考えてもいるが、悩む日々だ。

【追記】
26日14:00メドで開催される民主党両院議員総会の模様が下記URLで動画配信される予定です。

配信URL
http://www.ustream.tv/channel/dpj-channel