復興は市民との関係が重要 東松島市視察報告

 東日本大震災後の復興などについて宮城県東松島市を視察してきた。現在でも約7000人が避難生活をしており生活再建、産業再生が重要課題とされていた。その対策として、雇用を意識したまちづくりができるかが問われており、解決策のひとつとして再生可能エネルギーがあるとされていた。

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東松島市の震災による被害状況は、死者(東松島市民)1,105人、行方不明者(安否未確認者)が27人(平成25年5月8日現在)。全壊(流出戸数含む)した家屋は5499戸で一部破損を含めると市内全世帯の約97%の1万4564戸に被害があり沿岸部は壊滅状態だという。施設被害額は約669億円(平成24年4月現在、調査継続中)と試算されている。市内の避難所はすべて閉鎖となり、復興のひとつの段階が終わった状況だった。

IMG_8101 視察には、阿部秀保東松島市長をはじめ職員の方々が対応してくださったが、震災へ市としてできる対応は、応急対応ができるかどうかがポイントになると話されていた。
 東松島市は、東日本大震災で三回目の大災害にあい、特に平成15年を職員が経験していることが大きかった。震災直後は対応がダメだったと悩み、安心安全なまちを作れなかったと悔やんだが、後で思えば対応は実ったと思う、との話が印象的だ。大震災はいつ、どのように起こるかは分からないもの。完璧に対応はできないと思うが、普段からの心がけや訓練が実ったということだ。武蔵野市では、東松島市のような大きな災害にあっていないが、訓練が重要との話は参考になる。
 

■復興対応の特徴

 震災で学んだのは、国は地方分権というが、では自分たちはやっているのか、こだわっているか。自治体での分権ができていたかどうかだ。
 東松島市では、平成21年に8つの公民館を指定管理者制度により市民センター方式として、人、モノを市民にお返しをした。当時は丸投げといわれたが、その二年後に震災があり、高台移転が進んだのは、市民の理解が大きいことに加え、このようなことをしてきた背景もあると話されていた。震災を受けて市民の方々は、高台移転を全員が納得して決めたが、移転先を選んだのは被災者だった。市が選んだのではないとの話が印象的だ。

IMG_8117 市役所にすべてお任せではなく、市民が自ら考え、議論する俎上を作っていたことが復興に役立ったのだろう。市役所と住民との風通しがよかった、距離も離れていなかったと話されていたことが印象的だった。
 実際の復興時期には、説明責任を果たす場合は市長が出るがあとは職員任せでできたのだそうだ。とかく責任者を出せ、市長はどうしたと市民と揉めてしまうと出てくるセリフだが、そこまで行かなかったことを考えれば、普段からの市役所の考え方が復興でも大きく影響するということ。これは復興以外でも参考なる事例だろう。
 
 市役所としての方針も参考になった。朝昼夕、一日三回の災害対策本部を開催した市役所の全機関が情報共有すること。課題は、翌日には持ち込まない、その日のうちに市長が決定するとした。市長は被災者に顔を出して激励をすべきかもしれないが、決断のために本部を離れなかった。副市長が被災者を激励し、市長は一日三回、防災無線で今の状況を自ら説明していたことが東松島市の特徴だとされていた。普段からの市民との関係ができていたからこそだが、市長のこの判断は参考になる。復興は、日頃の市民と市役所の関係が大きく影響するのだ。

 
■災害がれき
 
 震災がれきを分別しなかったことで余計な費用がかかったケースもあるが、東松島市では、当初から分別を行うことを決め、国が費用を出すといっても、一定の地元負担は常にあるため、経費もかけないように考えた。そのため、市民にも分別を呼びかけた。集積所に持って来られない人には、道路の隅などに分別しておけば、市が集めに行くことにしたことも参考になる。
 がれきの処理は、ベルトコンベヤーに流して分別する方式よりも、より細かく分別できることから人海戦術による分別を行った。これには、仕事がない人、孤立しがちな人に働ける場にできるように考えた。働くこと、自分よりももっとひどい人がいると思えることが、心のケアになる。何よりもポイントは、雇用に使ったこと。大手に任せてしまうと結局は東京にお金が流れてしまう、地元で還流させることが重要だとされていた。

 しかし、この方式により迅速に対応ができたが、海岸に広い土地があったからできたもの。売れ残っていた場所で、このような公共空地があるかないかで大きな違いになるとも話されていた。武蔵野市ではどこでできるかも考えおく必要がありそうだ。

■再生可能エネルギーのよるまちづくり

 現状での課題を伺うと、生活再建、産業再生が重要課題になっている。雇用を意識したまちづくりができるかが重要で、そのひとつに再生可能エネルギーによるまちづくりを進めている。メガソーラーによる発電装置が、今年の9月から10月にかけて出来上がり、約600世帯分の電力を供給できるのだそうだ。
 他にも市の施設やカーポートの上に太陽光パネルを付けている。農地への太陽光パネル、海藻を使ったバイオガスや早く育つ柳の木などを使ったバイオガスも考えている。再生可能エネルギーには、それぞれに長所短所があるので組みあせて電力を作りたい。それも、大手が儲かるのではなく、地元が運営し雇用になるようにしたい。

 このような計画は担当職員が菅直人元総理とデンマークなどへ一緒に行ったこと。市長からはペースメーカーになれといわれ突っ走ってきたことが大きいとの話も伺った。その結果のひとつが、環境未来都市に選定されたのだそうだ。庁内だけで考えないこと。職員を抑えるのではなく走らせてみるのも大きく動くための仕掛けになるということだろう。

 しかし、行政の力だけではできない。民間の力が必要であり、民間企業も入った社団法人を作り進めている。そして、震災を経験して痛感しているのは、例えば人工透析などに水と電気が必要であり、病院を優先的に助けなくてはならないことを痛感した。東北電力にお願いしたところ、どこから電源車を持ってきてくれて対応ができたが、これは普段のお付き合いからだ。被災したから分かるのは、電気を自分で創れるようにしなければならないということだ。そのためにも再生可能エネルギーは重要だとされていた。これも武蔵野市で参考になる事例だ

■今後の課題

 今後の課題は、がれき処理により雇用が生まれたが、がれきがなくなった場合はどうなるかだ。900人を臨時雇用し、重機のオペができるようになった人など他の復興現場で200人は働ける見通しになってはいるが、今後はどのような仕事をしたいかのアンケートを行い 次の仕事へ誘導したいと考えている。ただ、他の仕事に比べると高額の仕事であったため、元に戻りたくないと思う人も少なくない。求人はあっても応募がないのが実態だとされていた。
 ここが復興への大きな課題だろう。元のように暮らしたいとの気持ちは分かるが、元の仕事で良かったのか、生活が続けられる仕事だったのかということ。復興支援は必要だが、どのような姿へ向かっての復興なのかが問われている。東京に住む人間として実感に乏しいのだが、これは震災前からあった問題だ。復興だけではなくその先の日本の姿を今だからこそ考え示すことが、実はこの参議院選挙では問われていると思うのだが、その答えはあるのだろうか。

 
 武蔵野市と地理上の条件が異なるため、すべてが参考になるとは思えないが、普段からの市民と市役所の関係が重要であり、ことが起きた時に何を優先させるべきか(地元負担や雇用など)を考えておくべきことは参考にさせていただきたい。

(視察は2013年5月14日に自治体議員を中心とした任意組織、原発のない社会をめざすグリーンテーブルで行ったもの)
 

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写真は、
・市からの説明を受けているところ
・被害がそのままの店舗
・今後どうするか決まっていない海岸
・遠くからでは分からないが津波被害を受けた高校。一階部分は壊滅状態のままで残されている
・阿部市長との記念撮影