議会改革はだれのため、何のため

 議会改革をやると市民にとって何がよくなるの? という疑問をある会合で投げかけられた。私も実はそう思っている。議員の自己満足で、市民にとって何か良いことにつながるのか、意味があるかの疑問があるからだ。そこで思い出したのが片山元総務大臣の言葉だった。



 議会改革というと、一問一答ができるようになった。自由討議が導入したことなどが注目されるが、民間会社で言えば、社内会議の手法を議論しているだけ。会議手法を変えて、良い商品ができるのか、利益が増えるのか。あるいは株主が喜ぶのかと考えてみると、その改革は誰のため、何のためになっているのかを考える必要があるのだろう。このことを改めて考えさせられたのが、6月にあった「第2回議会事務局研究会シンポジウム」(議会事務局研究会主催)の基調講演のなかで伺った片山元総務大臣の講演だった。

 シンポジウムは「新時代を乗り越えるための議会と事務局の明日」と題されて開催されたもの。全国で250を超える議会で議会基本条例が制定され議会には監視・評価機能の充実強化だけではなく、政策形成機能も求められており、議会改革は「初動期」を経て第二期を迎えている。その中にあって議会や議会事務局が何をすべきかがテーマだった。

■議会のミッション

 片山さんは「誰にために何をするのか」と知事時代に職員に問いかけていたと話していた。例えば道路を担当する職員の場合、仕事がないから、景気対策などと言われて道路を作ってしまう。しかも、土地を購入しやすい、つまり人が少ないところに道を作るものだから、誰も使わない道路ばかりになる。これは、ミッションを間違えているからこうなってしまうのだという。住民にとって何がよくなるかで考えたのではなく、道路の建設事業や予算獲得をミッションとしてしまったのだろう(関係する議員もいたかもしれない)。

 同じように考えていくと、議会、議員のミッションはどうなのかが問われることになる。片山さんからは、「選挙のためか?」との問いかけがあった。どう答えればいいのだろうか。

 地方への一括交付金は今年、約8000億円ぐらいになっている。それも、省庁ごとの補助金ではなく、一括で交付されている。一括交付金なので担当部局に流れるのではなく、県で言えば財政課の管理になる。このお金を使って、どの事業を優先させるか選択が自治体で可能になっている。そして、議会には修正ができ、決定ができることを考えれば、議会が農道を作るよりも教育にとできるはずだ。議会には予算を否決することや修正できる権限がある。否決すれば、説明責任は議会に移る。だから、修正、批判はどうぞと私は知事時代にはしていた。修正されても納得することもあったほどだ。どんどんやればいい。

 民主党のマニフェストはぼろぼろだが、国の関与の縮減は進んできている。一括交付金も含めて自治体の決定権は幅が広がり、これは、誰のために何のためで考えたもの。地方が破綻することは議会の責任。一定は必要としても、東京にいる人がチェックしても意味がないからだ。
 
 このような状況で議会の権能が広がっているが、では議員を増やせるか。できないのが実情だろう。増やせないのなら、事務局と協働でやればいい。しかし、できているか?
 議会事務局のミッションは、議会がしっかりすれば悩む必要はない。ミッションは同じだ。市の財政を破綻させてはならないことにミッションのひとつはある。このことが議会事務局の改革にもつながる。
 

■議会が使える機能

 片山さんは、このように議会改革という前にミッションを明らかにする重要性を話されていた。そして、ミッションを達成するために、現在ある機能を発揮することが必要ではないかとも問いかけていた。

 議会は立法機能も発揮すべきだ。議員が地域の課題を見つけ、条例をつくるようになれば事務局職員の仕事増えるが、それはミッションにもあうことだ。条例をつくることは、先進事例や類似事例など政策調査が必要になることにもなる。執行部提案の条例についても、もっといいものがないかと調べる必要もあるだろう。

 そのために必要なのが、議会図書室だ。なぜ図書室があるのか。議員が資料を調べるところであり、政策形成、調査に必要な情報を置くところであるはずだ。本来は司書がいないとならない。議員が問題意識を伝えて、資料や情報を探し出すレファレンス機能がないとならない。
 他にも大学の先生に委託することもできる。調査として海外視察に行くよりも安上がりじゃないだろうか。先生も喜ぶに違いない。

 公調制度や参考人制度を使っているだろうか。執行部だけではなく違った立場の人から意見を聞く必要があるはずだ。役所だけの見方ではバランスや見落としがある。市民や有識者に聞くこと、当事者に聞くことで分かることもあるはずだ。アメリカでは議員同士で議論した後に傍聴者にも意見を聞いて最終的に決める。首長と議員だけでやっていては決まらない。これは首長としても困ることだ。

 議会の会期とは何だろうか。これは帝国議会の制度で、そもそもは国王が召集して税金を決めるのが目的だから貴族だけが招集され、税金を決めたら解散だった。そのため年末年始、収穫が終わったころが会期になっている(国会の通常国会がそう)。住民が安心して安定して生活ができるためにとミッションを考えれば、会期がもっと必要になるだろう。議員ももっとうるさくならなければならないはずだ。 

 議会改革といわれるが、それは、地方議会のミッションを考え直すことであり、それが改革なのだろう。二元代表制では決定権は議会にある。誰のためにと考えれば、政策の優先順位ができるはずだ。

■多くの議会改革は違う

 また、議会の議論についても疑問を出されていた。
 
 議員みんなが同じ問題式を持ち議論していれば、議会で同じような質問と答弁は必要ないはずだ。アメリカでは議員同士で議論した後に傍聴者にも意見を聞いて最終的に決める
首長と議員だけでやっていては決まらない。これは首長としても困る。

 議会改革として議員の地位や報酬、一問一答方式、情報公開が改革と言われるが奇異に感じる。行政改革で首長の報酬や勤務時間を変えることや庁内会議でどのように議論するかを決めることが改革かと問われることと同じ。改革と言いながら運営方法など議会の内部の話ばかりでは議会のミッションを間違えている、勘違いしていないか。住民が安心して生活できるような環境を整えることだと考えると多くの議会改革は違う。その改革は、本質なのかと問わなくてはならないとも話されていた。

■改革の次のステップ

 議会基本条例が多くの議会で制定され、今も多くの議会で検討されている。今後も増えるだろう。しかし、誰のために、何のために。そして、改革したことによって、何がどう良くなるのか、なったのか。このことを検証する必要があると思う。

 議会基本条例を作ったはいいが、住民には何もいいことがないと言われることもある。議会改革に目覚め、形にしたことはとても大きなことだが、住民にとってどうなのかを考える次のステップに進む必要があるのだろう。そしてその前に、めざす方向が明確でないと、どこに行くか分からくなってしまう。人のいないところばかりに道路ができるのと同じでは意味がないということだ。

 もっとも、このことはひとつのステップをクリアした議会に必要なこと。最初のステップを踏み出していない議会も多い。改革を進めるのであれば、ステップを登ることだけに着目しないで、どこへ向かうステップなのかを考えておくべきということだ。目新しい改革をしなくても、今ある機能を使いこなすことでもミッションは達成できるのだろうとも思った。いろいろと考えさせられた講演だった。

 そして、議員の仕事は疑い深い人が適しているかもしれないとの話もあった。これは確かにそうだな、と思う。執行部の提案、専門家が考えたことだからと信用してしまう場合があるが、住民の感覚とは違っていたり、他の自治体は異なる手法を採用していたり、新しい技術が開発されていたりすることもあるからだ。誰のために何をすることが最善なのかの視点で、今後も鵜呑みにしないように考えていきたいとも思った。

(片山さんの発言は、川名が書き留めた範囲から要約しています)