国策にろくなものはない。廃炉にしても大丈夫  脱原発を明言する村上東海村村長の話から

  民主党が「2030年代に原発稼働ゼロ」を目指すエネルギー政策の提言をまとめた。内容について100%納得できるものではないが、ゼロを決めたことは大きな意味を持つと思う。ゼロについて無責任というマスコミの論評があるが、ではどうすればいいのか。政治も含めて批判だけでは意味がない。次をどうするかを示すべきではないか。批判だけのほうが無責任だと思う。
 そこで、一つのヒントになると思ったのが、村上達也東海村村長の話だった。

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村上村長の話は、県内で最も放射線被害が大きいことからホットスポットが多数できてしまったことで結成された取手市の市民グループが9月1日に主催した講演会で伺ったもの。講演のタイトルは、「脱原発世論は平成の民権運動である」だ。

■福島の事故はJOC事故と同じ

 村上村長は、あと70センチ高かったら東海村の原発も被害を受けていたこと、JOCの事故から体質が変わっていない原子力”村”の動きが福島の事故につながっているとの指摘から始まった。
 
 JOCの事故は、指定されたマニュアル通りに燃料の加工を行わず効率化のために裏マニュアルを使用していたことで事故を起こしたとされている(Wikipedia 東海村JCO臨界事故より)。最先端科学と言われているのに、バケツとヒシャクで原子力燃料を作っていたいことが思い起こされる事故のことだ。村上村長も、そんなことでいいのかと当時から疑問を持っていたという。

 あの時も想定外と言われた。事故対策も起きることがないという仮想事故なので具体的な対応はしていなかった。全電源が損失しても回復するという前提しかなかった福島と同じだ。日本人は器用だが、いったん事故が起きたときの制御は難しい。技術的なコントロールは無理。社会的なコントロールが必要で、人や組織、法律、制度の問題、文化の問題があると当時から指摘していたのだそうだ。

■国策とは御前会議で使われた言葉
 
 原子力村と言われるように特殊で権力を持った世界。それが推進一辺倒で来てしまったことが問題に本質にある。これは、戦前の軍事警察国家と同じだ。
 原子力政策は 国策といわれている。だから反対するなと言われる。村長が国策に刃向かうのかとも言われる。しかし、国策にろくなものはない。
 他に国策という言葉が使われているかを調べてみると、アメリカや英国、ロシアなどと戦おうとした昭和16年の御前会議で出てきた言葉で、帝国国策要綱を作っていた。これぐらいしか年表に出てこない言葉だ。言葉としては、チッソや昭和電工が国策会社と言われたが、何をしたか思い出してほしい。水俣病を国が認めたのは昭和31年だが、その補償はその16年後だった。原発も同じではないか。

■東海原発で事故が起きたら

 東海村で原発事故がおきたらどうなるかと考えるとぞっとした。全村非難、3万8000人をどうやって把握し生活を保障できるのか。ばらばらになっている住民にどうやってサービスを提供できるか。職員もばらばらだ。東海村の30キロ圏内に100万人が住んでいる。こういうところに原発があっていいのか。
 アメリカでは周辺に人がいない地域に作ることにしているし、非難計画が立てられないところにも作らない。例えば、ニューヨーク市の郊外、ロング・アイランドで計画されていたショーラム原発は、大事故が発生した際の避難計画に大きな問題があるとして、建設途中の1989年に廃炉にしている。同じようなことが日本でできるのだろうか。

 東海で事故が起きたら補償は何十兆円になるかもしれない。まず、補償はできないと思う。炉の解体費用、除染費用も分からない。福島原発の事故により、政府や電力会社は敗北者となっている。しかし、それを認めようとしない。太平洋戦争時の日本と同じだ。敗戦を隠し本土決戦へとなった時と同じではないか。沖縄や広島、長崎、東京大空襲。本来はなかったのではないか。そう思うと、もう一回事故が起きないと目が覚めないのかもしれない。今のままでのこの国は原発を保有する資格はなく、能力もない。

■民権運動

 原発は時代おくれ。未来がない。疫病神だ。中央政権時代、高度成長期の遺物だ。原発で経済成長が発展するとは思えない。これまでは高度成長だったから、一極集中だったからできたもので、支えてきたのは電力の独占供給体制。考えてみれば、むちゃくちゃだ。互いの融通も考えていない。
 しかし、国民は震災と原発事故で価値観が変わったはずだ。少しは不便でも大事なこと、ゆったり生活すること、ふるさとの大切さに気が付いてきた。それなのに新幹線や道路を作ることで満足するだろうかと考えている。

 原発の存在に首都圏の人が気付いてくれてたことは大きい。若い人が多いことも平成の民権運動が始まったと思っている。 
 2030年にゼロと決めて議論するなら国民も世界の人も納得するだろう。大規模集中型の電気は終わってきた 分散型になるには自治体ががんばらなくてはならない、と話を結んだ。

■原発をなくしたら地域経済はどうなるか

 その後、会場から質問を受け付けたところ、次のような興味深い見解も話されていた。

Q:原発をなくしたら村は困るのではないか?
A:東海村の財政力指数は1.5(武蔵野市と同じくらい)で、金持ちの自治体だ。税収が100億円で、そのうち60億円ぐらいが原子力と東電の火力発電所からのもの。60億円のうち原発から11億円、原子力研究開発機構から30数億、電源交付金で4億がある。原発が動かなくても、固定資産税はあるので、だいたい15億円の減少になるのではないか。
 村の世帯の三分の一が発電所関係。原発がなくなったら将来は400人が失業するかもしれない。定期点検で1000人ぐらいが東海村にやってきているから、宿や呑み屋は大変になると言われている。
 でも、止めたら人がいらないのではない。使用済み燃料棒は残る。2000体はあるだろう。これを安全に冷却し続けないとならない。施設のメンテナンスもあり、一気に雇用はなくならない。税収は、落ちるが一気にゼロではない。当然だが、このまま原発に頼っては将来はない。何もかもなくなる。事故があった今、決断をしなくてはならない。

Q:議会と住民の考えは?
A:20人の議会構成は、元からの保守派や商売関係など、原発がないと東海村がないと回らないと思っている議員が半分、廃炉と考えているのが8名。後が中間派。厳しい構成だ。現在、原子力問題特別委員会があり廃炉の請願が出されているが、結論を出せないでいる。しかし、村民の意見を聴こうとの流れもでてきている。これはいい流れだ。
 村民から、脱原発で首を絞めるのかという批判の声はない。原子力関係に勤めていた人に聞くと、(脱原発に)反対かと思っていたら、あんたの言うとおりだと励まされることが多い。全体の割合は分からないが、最後には自治基本条例があるので、将来は条例に基づいて決めないとならないかも、と思っている。

Q:廃炉にすると経済はどうなるのか?
A:原子力発電と原子力が分かっていれば分かる。火力はすぐに止められるが、原子力発電所は何十年もかかる。放射性物質があるからすぐにはなくならない。東海発電所ですでに廃炉作業を行っているが、10年経っても炉心まで行かないのが現状だ。その方面の仕事は増えるだろう。当面はしのげる。
 将来は、原子力の科学研究は消えない。新しい分野、非エネルギー分野での技術が考えられている。例えば放射線医療の分野は伸びてきている。原子力の研究はその方面へ進んでおり、東海村で充実させるべきで応援しようと考えている。何よりも、すぐに経済的価値を求めるのは止めるべきだ。すごいお金ではなく、社会的、文化的価値を育てようと考えている。10年はこのようにしたい。
 立地自治体の本音はお金。原発は、10年間で500億円が入る。その後の10年でさらに500億が入る。これでは人間がアホになる。こんなものに依存してはだめだ。

toukai 001Q:今後は?
A:再生可能エネルギーは地方分散型、住民参加が可能な分野である。戦略的に行うことで技術開発と産業を作り出せると思っている。
 現在、村の公共施設の20%は太陽光発電でまかなおうとしている。自動販売機を撤廃した。風力を使いたいが、たいした風がないのが課題だろう。
 脱原発はエネルギーだけの問題ではない。経済成長至上主義から変わることが必要だ。まずは、身近な原発事故が起きたらどうなるかを周囲へ訴えることが必要だ。今、住民が東海第二原発を止めようと議会に請願を出してきている。茨城県で19自治体が可決、もしくは決議を出しているこの動きはいい動きだろう。
 
Q:廃炉への道筋は?
A:国会議員に、原発ゼロの会ができている。首長にも80名ぐらいの会があり流れはできている。しかし、自民党政権に戻ると戻ってしまう。原発を進めてきたのは自民党と財界だ。民主党政権で脱原発が議論されているが、具体的な政策は示されていない。止めただけではダメ。原発に変わる地域振興策が必要だ。電力供給体制もはっきりしない。これらを具体化する、そういう政治家をつくる必要がある。

Q:最終処分は大丈夫か?
A:再処理ができるとは思えない。アメリカ、フランス、ドイツが止めたのに日本ができると思えない。これらの国の科学者の数は、日本の数倍もいるのに。日本はこれまで、少数精鋭で100発100中成功すればとやってきた。でも、100発1中でも当たればいいのであって、数が多ければ考えられるのではないか。
 スエーデンやフィンランドは、頑固な岩盤地層だから可能だが、日本ではできない。ではどうすればいいかだが、乾式貯蔵(※)という技術がある。地下ではなく表で管理できるほうが大事だ。
 東海村の廃物は、これまでいい思いをしてきたのだから、六ヶ所村へ出せない。東海村で貯蔵すればいいと思うが、そうすると青森にお金が入らないからダメだと言われる。そういう構造も断ち切らなくてはならない。

◆東海原発では、すでに廃炉を始めていること、廃炉したとしても原発立地自治体の財政がすぐに厳しくなるのではないことが話からは分かった。脱原発、廃炉というと、すぐに経済が回らなくなるように考えがちだが、実際には違うということだろう。
 原発ゼロへの道には課題が山積みと言えるが、だからと言って推進すべきではない。課題をどのようにクリアしていくかが問われており、村上村長の話が大きなヒントになると思った。

 そして、次の総選挙。自民党の総裁候補はすべて原発ゼロを否定している。原発推進の立場だ。自民党から総理を出すとなれば、原発政策は安全性の再確認はするにしても、元に戻ることになる。このことも考えたうえで、投票をすべきだと思った。

(上記は川名が書き留めた内容。正確ではないこともあることをご承知ください)

※乾式貯蔵
『使用済み燃料を金属製の専用容器(キャスク)に入れて一時的に保管する施設。期間は40~60年。プールで保管する「湿式」に対して、空気の自然対流で冷やすため「乾式」と呼ばれる。「水の処理に伴う放射性廃棄物が出ない」「保守・点検が容易」―などの利点がある。中部電力が計画中の施設は燃料集合体約4千体が収納可能。2016年の運用開始を目指している』
(アットエス 静岡新聞社・静岡放送 『核燃料(6) 先見えない「乾式貯蔵」 2011.8.3 より)