地域主権時代の議会改革

2000年の地方分権一括法で、地域が独自で判断しなければならない地域主権時代になった。議会の役割も変わらないと自治体は倒産する時代になっている。それでも、地域は変わっているのか、と問いかけれたらどうするか。
5月27日にあった「地域主権時代の自治体経営フォーラム」でこの話を伺い、地方議員は答えられるかをあらためて考えた。

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■立ち居地の変わった地方議員

 フォーラムは弘前市の主催。この問いかけは、北川正恭早稲田大学院教授による基調講演で話されていたもの。

 地方分権一括法に加え2005年の財政健全化法により、自治体がつぶれても国は知らない、手助けしないことを明白にしている。国と地方が対等の関係になっているのだから、当然のことだろう。国からの補助金を頼りに自治体を運営していたが、今では独自財源も考えなくてはならない。歳入の自立があってこそ、地方政府となれる。
 この流れは、自民党から民主党へと政権が変わった前からの流れで今後も変わらないだろう。中央頼みではなく地域資源を生み出さなくてはならない。地域の宝を探し磨くことが求められる時代になっている。

 この流れのなかで行政は変わってきたが、一方で多くの議会は変わっていない。議員の仕事といえば、住民からの陳情処理だけが仕事で、それが、金や票と結び付いていた。行政の情報をいち早く知ることで議員は有利だったが、今や情報化時代。隠したい情報さえも明らかになっている。
 また、税収が右肩上がりになる時代であれば、増えた富の分配は行政が行い、政治の力が強くなり、行政や政治が主権者の要望を査定して分配する仕組みだった。ところが今や右肩下がりの時代。構造は変わった。使用料などの値上げが必要になりサービス引き下げもしなくてはならない。このことは、主権者にお願いをしなくてはならない時代になったことになる。主権者、つまり市民が強くなる時代だ。好むのと好まざると、行政、議員は説明責任を果たさなくてはならない。
 議員は、今までと同じ体質ではなく、立ち居地を変えることが必要。それが改革になる。立ち居地を変えて行動、考え方を変える。これは革命でもあるとも話されていた。

■今の時代だからこそ、マニフェスト

 北川教授はさらにこれからの時代をどうするかを約束するのがマニフェスト。今のままでは人口も減り自治体が倒産するのは確実。地域は地域から変わろう。国が変えてくれるのか。するわけはない。だから、何を選択するか分からないような選挙ではなく、マニフェスト重視にしなくてはならないとも話されていた。

 基調講演の後、マニフェスト掲げて当選した葛西憲之弘前市長の講演があった。
 葛西市長はマニフェスト約束したことを市の基本構想に基づく実行計画とした。さらに、その下位として部長の実行宣言・マニフェストとすることで掲げたマニフェスト任期の4年間で目標達成しるように行政計画化した。
 これは、管理型から経営型へ転換になる。部長は、民間会社で言えば取締役。部長実行宣言を導入したことで行政の気づきと行動のスピード感が生まれた。また、施策の見える化になり市民活動へも影響している。計画に基づきPDCAサイクルを回すことで市民が自ら考えて動き出した。施策の変化、成果に気が付くことで市民意識が変わることになる。

 これからの自治体経営に必要なものは、地域の資源、アドバンテージを生かしきること。地域の明確な成長戦略を行政と市民がともに作り上げ、ともに進化・成長する意識が必要だが、その核となっているのがマニフェストとも話されていた。

■時代の変化

 北川教授の話は何度も聞いているので、今さら驚くほどのことでもないが、あらためて、富を再分配することが権力でもあり、議員であれば票に結びつくようにしていた(全員とは言わないが)。ところが税収右肩下がり時代では、このような議員の役割は変わらくてはならないということだ。私はいい時代の議員だった。今の議員さんはかわいそうだね、と北川教授が冗談半分で話していたが、そこには真実があるようにも思う。というより、そもそもで考えれば、そのような時代のほうがおかしいとのだ。

 自治体の歳入は、ほとんどが国頼みで、自ら努力して財源を増やすことを考えなくても良かったが、国の財源がなくなり、一方で国と地方が対等になったことで、地方が独自財源を見つけなくてはならない時代が今だ。自治体の歳入が減っていく中で、使用料などの値上げが必要になる一方、サービスの低下もしなくてはならない時代。この時代で議会、議員がどのように活動するかが問われているということだ。あれもこれも寄こせ、値上げは反対で票に結びつけるという議員心理もひっくり返すことが必要ということ。

 各地で議会改革が進められているが、議会基本条例を作ることが改革のゴールではなく議会や議員の立ち居地が変わったこと。仕事の中身も変わったという意識を変えることが改革(北川流で言えば革命)だろう。
 マニフェストについては、民主党政権の迷走(?)でマニフェストの地位は落ちてしまったが、これは使い方を間違えただけのこと。道具にこだわり、その理念が明確にできなかったことにあると思っている。主権者である住民が、この先の4年間をどうするかを選択するためにも重要なメニューだとあらためて思った。

 葛西市長が話されていたなかで印象深かったのは、かつて、トニー・ブレア元英国首相が、政府が正しくても世論が批判的になればどのように対抗すればいいか分からないと発言しているが、限られた財源で住民満足を得るには、住民の納得感を確かにすることが必要で、このことでポピュリズムにならないようになるはずだ。対話と創造により弘前を一新したい、との話だった。

 市民にどれだけ納得してもらえるか。説明責任だけではなく、対話の重要性を話されていたのだと思う。このことは、行政だけではなく、二元代表制の一翼である議会もだ。時代の変化、法の改正で外堀が埋まっているのに気が付かない議員、市民は少なくない。より多くの議会、議員が気付き、行動していくことこそが今求められていることも痛感したフォーラムだった。