再稼働を決めるべきは

 橋下大阪市長が「事実上の容認」発言をしたことで、大飯原発の再稼動が現実となりそうだ。30日には関西広域連合が容認を示したいたことで事実上の決着が付いていたのかもしれない。しかし、安全性は別として、地域主権というのであればこのような決定でいいのかの疑問が残る。

 関西広域連合が容認した背景には『細野原発相が安全対策に万全を期すことを確約したのに加え、7、8月の電力不足が確実な情勢になっていた』ことが理由と報道されている。さらに『実は、前日(29日)午後、井戸知事は再稼働容認に含みを持たせた声明案の取りまとめを各首長に打診していた。しかし、再稼働への住民の不安が根強い中、「細野原発相の説明を聞いたその日に声明を出せば『出来レース』になる」などの慎重論が相次ぎ、見送りになった』(2012年5月31日 読売新聞)という。つまり、すでに規定路線となっていたようだ。各首長が出来レースの批判をかわしたいことでタイムラグを作ったようだが、夏の時期に合わせる再稼動のタイミングは、国も関西の首長も最初から分かっていた、出来レースだったと思うしかない。当初から首長は稼動させたがっていたとの話しも聞いていたので、やっぱりな、と思った。首長は、政権に責任を押し付ければいいやと考えていたのではないだろうか。

 原発の是非や安全性については別として、地域主権を掲げる民主党であれば、原発の立地自治体とその電気を使う自治体、事故にあったさいに影響を受ける自治体で再稼動の是非を決めるべきではなかったのか。安全性などの確認は国が行うとしても、決定権限は国ではなく、地域ではないだろうか。これでは中央集権的な決定でしかない。もしくは、それを望んでいるようにしか思えない。

 電気は売る側や国が決定権を持つのでなく、使う側、個人や家庭、企業などでどの程度必要なのかを考えて決めるべきだと思う。それこそ、政治が納得できる民意を反映できないのであれば、賛成、反対のそれぞれの科学的な論拠を示し、冷静に投票して決めればいい。主権は国や首長ではなく住民にあるのだ。そして、その結果には、賛成派も反対派も納得して次善策をともに考えていく。そのような自治こそが必要ではないだろうか。
 文句と批判は山盛りに言うが自ら決定したくない、批判を受けたくないという政治状況が再稼動の背景にあるように思えてならない。政治が決定できないのであれば、主権者が判断すべきだろう。

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 その自治を担うべきは議会なのだが、大飯原発のお膝元、大飯町議会では13人中12人が再稼動を容認したという(カレイドスコープ「大飯原発・再稼動を決めた町議会の呆れた裏舞台」/福井新聞「町議会、経済考慮し苦渋決断 大飯原発再稼働、慎重に議論」)。この議会の判断に中日新聞は疑問を投げかけている。
『議会の最終判断が注目されたこの日の全員協議会では「住民の意見では、経済や雇用の問題もあり、再稼働に前向きな声が多かった」などと、各議員が住民から聞き取ったという個人的な意見を披歴する姿が目立った。公的な場である住民説明会での町民の意見をどのようにとらえるかは各議員に任されたため、結果として再稼働に対する反対、慎重意見を議会として、どう判断したのかがあいまいになった』と報道していたからだ。議会のあり方としても考える必要がありそうだ(2012年5月15日 中日新聞「住民意見の検証に疑問 大飯再稼働容認」)。
 また、大飯町長が原発関連会社の取締役となっていることも報道されている(JCASTテレビウォッチ「大飯原発再稼働へ!同意の地元町長に4億円受注疑惑」)。再稼動しなければ収入が絶たれることが理由のようだが、ことが事故になった時のリスクは誰が負うのだろう。一自治体の判断でいいのかも疑問も残る。