女川町の震災がれき

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 東京都が焼却のために受入れを始めている宮城県女川町の震災がれきの様子を視察してきた。女川町のがれきは、東京都下でも受入れが始まっており、もしかすると武蔵野市でも焼却をするかもしれない。
 市議会では24年度予算審議のさい、武蔵野市でも積極的に受け入れるべきと主張する議員がいる一方で、現地で処理をすべきと主張する議員もいるように議会として一致した意見とはなっていない。私は震災復興に協力すべきと思うが、なぜ遠方に運んでまで処理をしなければならないのか。事業の効果性を考えると疑問を持っている。そのために、まず、現地を見てみなくては判断できないと考えたからだ。

 石巻市を通過し女川町へ入る。小高い丘にある峠を越すと目の前に海が広がっていく。天気はあいにくの雨模様だったが、海はきれいで穏やかそうに見えた。しかし、その海のすぐ近く、海外沿いの地形は穏やかでは済まされない風景となっていた。IMG_5321
 津波により崩壊した家屋などは取り除かれてはいるが、そこには、荒れた地面がむき出しになっている土地が広がっていたからだ。車が通れるように舗装道路が、かつての位置に出来上がっていたが、そのほかの空間、土地は何もないような状況となっていた。荒涼といっていいのか悩むが、まちが根こそぎなくなっていた。

 車で近づくと、その荒涼とした空間には3、4階建てのコンクリート作りのビルが横たわったままとなっている。その姿はまるで傷ついた巨像が倒れているかのような姿で痛々しいばかりだ。倒れたビルは、震災を思い起こすからこのようなビルを撤去して欲しいという意見がある一方、記憶に残す必要があり公園にするという意見もあり現状では残されているのだという。町の復興計画を読むと公園として整備するとしているが、まだ確定はされていないようだ。
 後で聞いた話では、このビルの屋上に避難していた人も、津波に飲み込まれてしまったという。目の前に広がる海からでは想像できないことが起きていたのだ。
 また、このビルの周囲には、海水が溜まっていた。地震による地盤沈下によるものだ。町の復興計画はまとまったといはいうが、現実の復興はまだまだという状況なのだろう。

■役場も議会も 建物の9割に被害

IMG_5322 このビルを振り返ると、少し高くなった場所に三階建ての丈夫そうな建物があった。倒れてはいないが、窓ガラスは割れ壁面に損傷が残っていることで建物全体が津波の被害を受けていることが分かる。この建物が役場だ。女川町では、役場も議場も被害にあっており、現在でも仮庁舎での日常の業務を行っているのが今現在の姿なのだ。

 この倒れたビルがあるあたりが町の中心部となる。女川町は町じたいの面積は広いが平地は少ない。その地勢もありこの中心地に町の主な機能が集まり、多くの人が住んでいたのが女川町の特徴だ。
 そして、この場所かもすぐ分かるほど近くにあったのが震災がれきだった。いわば町の中心地に残されており、がれきが残されていることは、東日本大震災の爪あとが残ったままであり、復興につながっていないと思えてしまう風景だった。

 
━━━ 女川町の被害 ━━━━━━━━

 東日本大震災での女川町の被害概要をまとめてみる(女川町議会調べ資料より)。

 ○被害状況
  最大津波高 14.8m
  浸水区域  320ヘクタール
  被害区域 240ヘクタール

 ○人的被害(町人口=1万14名/23年3月11日現在)
  死者 518名 (24年5月13日現在)
  死亡認定者 296名 (震災行方不明者で死亡届を受理された者)
  行方不明 13名
  確認不能者 4名
  生存確認数 9183名

 ○住家被害(総数4411棟)      
  全壊 2924棟 (66.3%)
  大規模半壊 146棟 (3.3%)
  半壊 201棟 (4.6%)
  一部損壊 663棟 (7.0%)
  被害なし 477棟 (10.8%)

 避難状況は、3月13日の最大で5720名が25所に避難

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 町の人口の約1割が亡くなり、住家の約66%が全壊、被害がなかったのは約1割でしかなかったちのが女川町の被害概要ということになる。この数字だけでも驚かされてしまう。被災時の様子は想像すらできないほどだ。お見舞いを申し上げます。

ガレキ■震災がれき

 倒壊しビルが残されているところからでも良く分かる場所に震災がれきは、それこそ、山のようにつながり、積み重ねられていた。環境省の推定発生量で44万4000トンあるという。大型の重機が数え切れないほど動き、大型のダンプカーが何十台と走り回っていたが、震災がれきがいつなくなるのかは想像ができないほどの量だ。画像の地図を見れば分かると思うが、平地の少ない女川町のかなりの部分に震災がれきが積まれている。しかも、震災がれきは私有地にあり、震災直後、許可もないまま置かれてしまったという特別な事情もあるのが女川町のケースといえそうだ。
 
 この震災がれきを、かつては水産加工場があった土地に建てられた廃棄物処理施設で、コンクリートや金属などに分別し、残された可燃物を焼却することで処分を行っている。焼却処分は、本来は町の施設で行うべきだろうが、人口規模からいって大きな施設はない。建てたとしても、震災がれきがなくなった後には余分な規模の施設となってしまうことになる。何よりも、少しでは早く震災がれきをなくしたい。だから、広域で処分をするとなっている。

 だが、東京だけではなく九州や沖縄まで運ぶことが、事業として本当に有効なのだろうか。

(次回へ続く)

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