旅立った蓮たかみち君へ

 群馬県みどり市の市議会議員 、蓮たかみち君が肝臓がんで亡くなった。自らががんであることを公表し、昨年の二期目の市議選へ挑戦し当選。がん対策の重要性を自ら訴え、市の総合計画などに政策を反映させてきた。30歳というあまりにも早すぎる旅立ちだ。

 



hasu1 17日のお通夜に参列させていただいたが、「このまちのがんと闘う」という昨年の選挙のさいのリーフレットが心に焼き付いている。命をかけて、というセリフをよく聞くが、彼はまさにその通りのことを続けてきた。

 
 例えば彼のブログには、『20歳代~50歳代の働き世代の発がんが増えていることを背景に、がんを治療しながらどう働くかということが大きな問題になっています。がんを発症した人の多くが収入が減り、中には経済的な理由から治療を続けられなくなる患者さんもいるのです。
 僕も働くがん患者の一人ですが、やはり月に2~3回は検査のために病院へ行かなければならず仕事ができない日があります。月々の治療費もバカにはならず、もし転職や離職のために今の治療方法が継続できなかったらと考えるとゾッとします
 日本人は2人に1人が一生のうちにがんを発症するという厚労省の統計があります。がんと就労の問題は、たんに僕たち患者だけのものではなく、広く社会が共有し、解決策を考えなければならない』との記事もある(2011年6月23日 がんと一緒に働こう講演会より)

 そして、最後の書き込みとなった2012年2月15日には次のように書かれていた。

「蓮たかみちです。
とうとう、皆さんにお別れをしなければならない時がきました。2009年に腎臓がんを告知されてから、このブログではずっと皆さんに病状をご報告してきました。
病状を公表することに関して、ご心配の声をいただくこともありましたが、3人に1人がなる国民病であるがん患者の当事者として、自分にしかできない役割があるのではないかと思い、公表を続けてきました。その結果、多くの方から温かい励ましの言葉をいただき、あらためて多くの人に支えられて生きていることを感じました。
そのことに気づくことが出来たのは、この病のおかげだと感謝しています。また多くの同じように闘病中の方やそのご家族の方ともお会いすることが出来ました。励まされることも多く、視野も広がりました。
病状を公表しながら仕事をすることで発信したかったことは、「がんはキャリアの終わりではない」ということです。がんに対抗するには、早期発見が第一ですが、たとえ早期発見ができなくても、病気を抱えながらでも働き続けられる、世の中に役割がある、そんな社会を政治家としてつくりたいと考えていました。最後まで議員の仕事を続けることでそのことを少しでも訴えられたとしたら本望です。
一病息災という気持ちでがんと共存しながら、生まれ育った故郷みどり市をよくするために活動してきましたが、残念ながら命の期限がきてしまいました。応援してくださった方には、申し訳ないという思いと感謝の気持ちでいっぱいです。
本当にありがとうございました。
(2012年1月病室にて聞き取り、本日、本人に代わり投稿しました。)」

 ローカル・マニフェスト推進地方議員連盟の同じ運営委員として一緒に活動してきたが、がんと分かってからも常に笑顔を絶やさず前向きな姿勢にはいつも刺激を受けていた。

 ありがとう。

 蓮君が実現しようとしてきたこと、がん対策など他の仲間とともに引き継いで行きたいと思う。

 合掌