大震災時の議会、議員の役割(1)【視察報告】 遠野市から

10月30日、11月1日に武蔵野市議会議会運営委員会の視察で岩手県遠野市と大船渡市議会を訪れた。視察は、大震災時に議会、議員は何をすべきか、そして、できるか。両議会の議員から東日本大震災での実体験を直接伺うことで、武蔵野市議会としての今後を考えることが目的だった。


■□遠野市議会□■

■震災時の行政の対応(概要)
 遠野市の視察では、まず行政側から震災時の対応について概要を伺った。

 遠野市は、地盤が安定していることが以前から分かっていたこと。沿岸部に位置していないなどの立地条件から大震災時には後方支援基地となることが想定されており、そのための計画を策定し防災訓練を沿岸自治体や自衛隊などと実施、支援基地になる場所(普段は運動場)の整備などを行ってきた。このことは、本多遠野市長が県の防災課長の経歴があることが大きい。
 今回の震災で遠野市の震度5強。市内全域で停電。ライフラインも遮断され、市庁舎も被災し約32億円の総額になる被害となった。市は地震発生と同時に災害対策本部を設置。全国から支援部隊が集結することが想定されていたことから、運動公園をただちに開放した。ボランティアによる活動支援として公共施設など市内144箇所を開設。また、マイカーを自粛し、乗り合いで登庁することや暖房器具から燃料を抜き医療用にストックすること、人事異動の凍結、ケーブルテレビを使い情報を伝えた。このことが市民の安心につながった。その後、沿岸が大変なことになっていると知らせる人が来たことから食料などを搬送し後方支援が始められたとしていた。
 
 遠野市の後方支援については、新聞報道などでも報道されており、2011年度のマニフェスト大賞   も受容している。
 あらためて現地で話を伺うと、行政としても後方支援基地としてスピーディな対応ができたことは、訓練で遠野市の役割りを理解していたことが大きいこと。ボランティア対応は社協を中心とした遠野まごころネットに集約し、行政は情報共有を進め市としての対応するなど役割分担できていたことも大きいとされていた。
 しかし、市内の被害があまり大きくなかったとの前提があり、市内の被害が大きければ市内優先になってしまうとのことだった。
  

■情報について 
 実際にどのように遠野市は大震災情報を得られていたかを伺った。
 震災直後は、2日間にわたって停電し、情報はラジオだけとなった。ラジオだけでは、詳細なことが分からず、東京にいる人のほうが知っていたくらいだった。国、県からも情報は入ってこなかった。自衛隊は自衛隊で手一杯だったらしい。県には集まっていたらしいが市町村までは来なかった。そのため、市としてやれる範囲で支援をしようとなった。市内への支援は、医療ネットワークなど遠野市がそれまでやってきた事業がそのまま支援になると展開していたとされていた。

■議会の対応
 議長をはじめ遠野市議会議員の方々から、当日の議会、議員がどのような行動をしたかなどを伺った。大震災時の議会、議員のあり方を考える意味で重要な経験をされていると思われるからだ。

<震災直後>
 議員は市の対策本部に入っていない。議会としての対策本部も想定していなかった。そのため遠野市の議員は、合併前の旧11村の代表に近いこともあり市民の個々この安全確認が中心となっていた。
 議会としての対応は、義捐金を集めたのみで特別委員会の設置のなどは行わなかった。会派代表者会議を2回開催したが、沿岸部に親戚がいることや議員自らの会社の社員が沿岸部にいたことなどで一刻も早く人を探したい、被害状況を知りたいとなり個々の活動に入ったとされていた。個々の活動には、「まごころネット」での活動や消防団での活動もあった。
 反省点とすれば、大災害時には議会に当局と同じような組織は不可能だが、議会から何人かが対策本部に入ることが理想ではないか。他の議会の取組を今後は反映したい。議会の横の連絡で対応できることもあるのではないか、とされていた。

<予算審議について>
 遠野市の23年度予算は、震災の前日に成立していたことから23年度予算審議への影響はなかった。震災後、3月23日に臨時議会を開催し22年度補正予算として災害復旧費などで約4億5000万円を原案可決。23年度第一回目の補正予算は先決処分を行い、6月議会で承認している。
 議会審議の内容について伺うと、議論はしたが当局には頑張ってもらわないはならない。協力でやりやすくするようにして対応したとされていた、
 
<今後の支援について>
 まごころネットでは、まだまだボランティア必要としている。NPO資格があることや仮設住宅などに被災者がいるので、今後も継続して支援はやっていく。被災地はいずれ復興していくだろう。住宅建設が必要になるが、後方支援として資材置き場、作業員の宿舎の提供はできる。遠野には木工団地があるので木材供給もできる。被災地の雇用にもなるので、遠野で加工した材料で役目を果たせないかと関係機関に働きかけている。要請に応じた支援もしたい、とされていた。

■武蔵野市議会としては
 対応してくださった議員から感想や課題などを伺い意見交換をさせていただいたが、総じていえるには、議会として何ができるのか、何をすべきかを平時に考えておくことが必要であることだ。具体的にできることといえば、災害対策本部からの情報を共有できるようにすることだろう。これは、すぐにも取り組む必要がある。
 そして、それだけしかできないのか。行政の意思決定を持つが市民でもあるという議会の存在意義、位置づけどこにあるのか。大震災時には邪魔、何もしていない、避難所へ支援者を優先させろ言ってきたなども聞くところにはある。このような批判を前提として、他にできることはないのかを武蔵野市議会として考えなくてはならない。

<遠野市議会との懇談要録>
(※川名がメモした範囲。正式な記録ではありません)

・住居に大きな被害がなかった。どのような対応をするかは、その場にならないと分からない。
・二回の訓練が行われプラスにはなったが、スムースにいったのではない。遠野市長の考え方が重要で、大災害時にはトップダウンが必要。判断を間違えればおかしなことになるかもしれないが、トップの資質が重要になる。
・情報がなくても遠野市役所に行けばの気持ちが訓練であった。
・議会審議は震災対応で早期に成立することを優先したが、心を鬼にしたほうがよかったかもと今とばれば思うこともある。
・庁舎がなくなったことで、よりどころがなくなったように思えた。
・ガソリンがなく移動ができなかった。数時間も並んで10Lしか得られなかった。
・直接被害はなかったが、もしも夜だったら大変だったかもしれない。明るいので落ち着いていられた。
・動きようがなかった。
・市民からみれば議員は何をしている。市民がボランティアをしているのに動きが見えないといわれた。
・工務店をやっているのでガソリンがないと動けない。来てから動けるようになった。
・自分たちに被害がなかったからできた。被害があったら何もできないのでは。
・市長、職員は殺気立っている。議会はやってくださいの環境づくりになる。検証はするけれど、とにかく復興を早めることが優先された。
・アマチュア無線は発電機で使えるので行政無線よりも使えた。アマチュア無線はインターネットとも接続できるので有効。防災センターのなかにアマ無線の基地を作るように提案している。災害時には、職員は手一杯になるのでアマ無線ボランティアで情報収集などができるのではないか。
・議会は何をしていたかと問われると、じっさいは準備をしていなかった。搬送や炊き出し、知人への訪問と安全確認などの個々の活動をしていた。
・市が発表した情報をもらう程度。
・市長は、自ら毎日定時に被災状況を手話通訳も行いながら伝えていた。職員にやらせればいいとの意見もあったがトップがやったほうが市民にはいいとの意見が多い。
・災害対策本部には、議会も入ればよかった。期間も短いのだから。
・先決で決めなければならない時は議長と連携すればいい。何かあった場合に備え、平時に議会の独立性もあるので考えておくべき。
・一週間ならで一緒にやっていくべき。意見が分かれるわけがない。非常時にはやれるように決めておけばよかった。
・普段の行政は縦割りでなく横の関係が大事といわれているが災害時は縦割りがいい。議論している暇はない。トップダウンでやるべきだ。
・ライフラインがストップしたが、防災無線が一番連絡が取れるため、安否を確認しやすかった。
・議会としてのマニュアルも必要。
・議会としては、後方支援構想について当局と議論をしてきたので、行政の動きは議会も理解していた。
・災害前に減災、防災の議論をしておくことが必要。起きてからでは意味がない。
・11日には停電となりラジオしか情報がなかった。災害対策本部に駆けつけたら大変なことが分かった。
・緊急時と平常時、行政は矛盾している。保健所が来てこういう場所で食事を作ってはダメと言われた(避難所になっている公共施設内で調理のこと。法的にはできない)。他には、三食食べているかと聞かれたが、おにぎりだけ、カップラーメンだけの三食もある。三食だけを確認しているだけだ。緊急時にはこのようなことへの対応も議員は考えるべき。
・仮設のコミュニティづくりも考えるべき。
・東京で大震災が起きた場合、武蔵野市へ支援へはいけるが、都が全部被害ならどこへ行けばいいか分からない。仕組みをみんなで考えるべき。 
・後方支援は、被害が少ないところが大きなところをバックアップすること。どのように誰が対応するか、議会としても考えるべきではないか。
・遠野市議会議員20人のうち5人が一期目。議員になって4ヵ月半だった。保育園と小学校、避難所の地区センターに行ったが議員と認識してもらわないと受け入れてもらえなかった。
・情報がストップしてしまうので、正確な情報を自分が確認することが必要。災害対策本部へいって支持者へ伝えた。一人でできることは限界がある 
・行政と市民の架け橋が役目。普段と同じ。
・避難所は真っ暗ななかで非難している。地元なら議員と分かってもらっているので声をかけることで安心感になった。役所がケアをしているのでたいていは大丈夫だが、議員ができることはこれしかないのか。
・会社の経営をしているので社員のケアをしないとならない。
・物流がストップしてしまい後方支援もしにくくなっていた。
・議会として県などへ要望をすることが必要。
・高速道路は、道路に多少の段差があっても早く開通してほしかった。
・今でも手薄な市の災害対策本部。議会としては情報を共有し手分けして情報を集めて県などのあげる一体感が必要だ。
・カーナビのテレビが映った。知らない人も多かった。
・自家発電装置は各家庭で持つべきでは。
・避難所に食料をもっていくと全員分がないと配れない。だから食料が山になってしまう。そのため、欲しい人に来てもらった。仮設住宅の人にも取りにきてもらっている。仮設に入ると自立したことになっているが仕事もなく大変な状況なのは仮設に住む人も同じだ。
・緊急雇用ができても、その先に仕事がない。

【参考】
東日本大震災から半年(3) 後方支援の重要性 遠野市から

大震災時の議会、議員の役割(2)【視察報告】 大船渡市から