もうひとつの原発副読本

monnka 文部科学省は、放射線を学ぶための副読本を作成し公表している。マスコミでも報道されているのでご存知の方も多いと思うが、この副読本とは別に日本環境教育学会が作成した副読本、『原発事故のはなし』をご存知だろうか。小学校高学年、中学生、高校生を対象とした授業案として考えられたもので、道徳の時間に使ってほしいと考えられたものだ。
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 文部科学省の副読本は、放射線についての知識を学ぶために作成されたもので基本的な情報は掲載されている。『昨年度、原子力と放射線に関する副読本を初めて作成したが、事故後、原発の安全性を強調した部分が不適切と批判を受けたため、作り直すことを決定』(日経2011/10/14)したために作成されたもの。原発が絶対安全とのスタンスでなくなったことは良くなったと思うが、ではどうすればいいのかと問われるとハタと困ってしまいそうだ。また、『実際に授業で使うかは学校の自由という』(日経2011/10/14)なので、子どもたちに伝わるかは分からないという存在でもある。

 一方で、日本環境教育学会が作成した『原発事故のはなし』は、実際の授業で使うことを前提としている。作成したきっかけは、福島第一原発の事故で転校を余儀なくなれた子どもが、転校先で“放射能いじめ”にあっていることがきっかけというもの。いじめは良くないとは分かっているが、放射線への知識がないことから学校で対応ができないという事情があるからだ。

 作成について学会の事務局長でもあり、授業案作成のワーキンググループ代表の朝岡幸彦東京農工大学大学院教授に話を伺ったところ、この副読本は、「悲しみを分かち合うために作っている」。被災地から非難してきた子どもの「痛み」や「苦しみ」を想像してほしいとの願いからだと話されていた。
 作成した理由は、「あえて火中の栗を拾うようなことになるので環境問題を扱う団体として原発を取り扱ったことがなかったという反省があったから。原発を否定的に思っていても、やってこなかった責任、沈黙の責任もあると考えた」からなのだそうだ。

 なぜ道徳なのか。それは「事故後、急いで作りたかったから。学会でも安全かどうかは作成メンバーでも合意ができなかったから、誰がどうみても間違っている、イジメはよくないこと。放射能はうつらないことを何よりも伝えたいと考えた」からだという。

 また、「結論を出していないことがポイント。本当は分からない、みんなで考えなくては」ということも伝えたいと話されていた。理科なら結論が分からないと授業としてはできない。道徳なら考えることを伝えることになるので、都合がいいと考えたことも特徴となっている。

 文部科学省と日本環境学会の副読本のどちらが良い悪いは判断できないが、今回の事故を子どもに伝えていくことは、原発を生み出した大人の責任だろう。授業の副読本とはされているが、大人の“授業”にも必要だと思う。ぜひ、ご一読を。 

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「原発のはなし」の小学生高学年を対象とした指導案として下記の例が記載されている。さて、どうしたらいいのか?

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 太郎君は、首都圏にあるA小学校に福島県から転校してきた。家族は、母親と2人暮らしである。父親は、最近亡くなったらしい。
 太郎君は、性格も明るく、サッカーが大好きで、すぐに友達ができた。しかし、ある日のこと、友達が方言をまねするようになった。また、廊下を歩いていたら、体がふれないよう避けて歩く子も出てきた。さらに、「毎日、同じ服を着てくる」と冷やかされることもあった。太郎君は、少しずつ気持ちが暗くなってきた。
 とうとうある日、学校に行きたくなくなってしまった。それは、クラスメートから「放射能ちゃん」と言われたことが原因である。その言葉によって、自分が嫌われている原因がすべてわかったからである。太郎君は、どうしたらいいか、悩みはふかまるばかりである。
(「原発事故のはなし」 資料 「太郎君の悩み」の概要)より
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【参考】(どちらも副読本をダウンロードできる)
文部科学省 放射線等に関する副読本の作成について

日本環境教育学会