自主三原則は守らなくてはならいのか

 武蔵野市は、現在、第5期基本構想・長期計画(総合計画)を策定中だが、7月26日の策定委員会で「自主三原則は守らなくてはならいのか」とある委員からの重要なポイントになると思える発言があった。
 武蔵野市には、自治会、町内会と呼ばれる組織がなく(親睦団体としてはあるが)、その代わりに各地域にコミセン(コミュニティセンター)があるのが特徴だ。そのコミセン運営は、自主三原則が大原則となっている。しかし、40年近くたって同じままでいいのか。コミセンの“敷居”が高い、逆に高齢化で若い世代の担い手がいないなど課題は常に指摘され続けていているが、未だに解決策が出されていない。そもそもで考えれば、この大原則を考えることも必要なのかもしれない。


 コミセンは、昭和46年(1971年)に策定された第1期基本構想・長期計画で示されたコミュニティ構想が原点となっている。しかし、『少子高齢化、NPO活動の活性化、高度通信技術の発達等コミュニティを取り巻く環境は大きく変化しました。コミュニティセンターを中心とした地域コミュニティづくりに加えて、地理的にも時間的にも制約されない新しいコミュニティづくりの仕組みの構築が急務となり、また多様な市民活動を支援するため専門館との連携強化等も課題となってきました』(市のサイト「コミニティ条例の背景」より)とあるように、市も課題があると認識しているのが実情だ。

 そして、コミセンは、自主参加、自主企画、自主運営という自主三原則が大原則となっている。今回の発言の背景には、課題を抱えているのに変わっていないのは、この大原則に縛られているからではないのかという、そもそもを考えてみるべき、という意味があったと傍聴していて思った。

 市内にコミセンは20館あるが(武蔵野中央公園北ホール、分館、中町集会所を含む)、自主活動が活発なコミセンがある一方、部屋を貸すことがメインとなっているコミセンもある。コミセンの運営はボランティアで市民が担っているが、その人たちの高齢化もよく聞かれる話で、このままでは運営ができなくなるとの話もよく聞くことだ。

 自主三原則を貫くのであれば、自主運営ができなくなったので休館、あるいは廃館でもいいということになるのだと思う。市民が判断したのだから、それでいいとして良いのだろうか。

 策定委員会では、このコミセンについて興味深い議論があった(○が策定委員。●が市側の発言。あくまでもメモの範囲での記録なので正式には議事録を参照のこと)。

○今のコミニティは閉鎖的。自主参加なのできっかけが少ない。それがなぜ地域を代表するのか。官製ボランティアになっていないか。一度行って二度と行かない人もいる。地域担当職員を配置できないのか。他ではやっている。
●それ(地域担当職員)をやらない前提になっている。それを行政がやるべきか。
○福祉関連のシンポジウムのでパネリストから専門家をコミセンに配置して欲しいの要望があった。居場所は利用者が固定化し、風通しは悪くなってすまうとの発言もあった。
●行政が介在しないことが自治。自主をどう考えるか。その前に自主とは何かを考えるべき。市民自治とは何か。(地域担当職員がいる)他の公民館がうまくいっているかといえば、悩みのたねだ。
○行政が市民教育をやってもいいと思っている。企業だって消費者教育をしていないか。賢い消費者がいないとならない。質の高い企業はやっていると考えると市がやってはならないはずはない。
●主権者である市民をどう考えるか。
○おろかな市民におろかな市政しか生まれない。
●それを恐れている。

 コミニティとコミセンは基本的に違うものだが、コミセンを含めて市としてコミニティ、市民の位置づけ、意思決定などをどのようにしていくかは、実は武蔵野市の今の最大の課題だと思う。コミセンのあり方も切り離して考えることもできない。委員と市のどちらが正しい、違うとは言えないし、それぞれの主張は正しいのだと思う。だからこそ、議論をもっと深めることが必要であり、その結果が第5期基本構想・長期計画に盛り込まれるべきと思う。

 この議論は、かなり白熱していたと思えてきた段階で時間の都合から終了となってしまった。委員会の前半戦が何を議論しているのか良く分からないように思えていたことを考えると、非常に残念だった。次回の策定委員会でまとまるのか、と期待半分、不安半分という終了だった。

 第5期基本構想・長期計画は、議案として議会に提案され、議会が審議し決定をする。議会としても、コミニティをどのように考え、どのようにすべきか考えなくてはならないとあらためて思った。議会の判断(議決)は非常に重要だ。

【参考】
武蔵野市 第五期基本構想・長期計画を策定しています

7月26日の第11回武蔵野市第五期基本構想・長期計画策定委員会資料はここ