大震災での議会、議員の役割り

7月24日に開催された議員力学会シンポジウムに参加した。テーマは大震災時を経験した後のこれからの自治、首長や議会が何をすべきかだ。
 パネラーからはそれぞれに貴重な話を伺うことができたが、特に印象深かったのは、阿部秀保宮城県東松島市長の話だった。特に、大震災という非常時に執行部にとって議会は“面倒”な存在となりがちではないだろうか、という議員である私も思う疑問に対しての見解を話されていたからだ。
 大震災で議会、議員は何をすべきか。
 平常時でも必要ないと言われてしまうこともある議会の存在意義としても、非常に重要で重たいテーマだ。貴重なヒントが得られたと思う。

■津波は想定外

 阿部市長は、3月11日の地震があった時はちょうど議案が通った後で議場にいたという。その時は、たいへんなことが起きた、外を見るのが怖かったというが、実際には大きな変化はなかったそうだ。それは、平成15年に震度6強の地震があったため、倒れるものは倒れていた。瓦屋根はトタンになっていたからだそうだ。

 しかし、その後に悲劇は訪れたという。これまでの地震による津波は、1年前に50センチの津波があり養殖施設が被害にあった経験があったが陸上に津波が来たこともなかったのだそうだ。50センチでもかなりの威力だったと思っていたのが、松島湾の手前で10mともなる津波となったのだから…、とされていた。

 そして、これまでの防災といえば、津波よりも地震との思いが強かった。訓練で怪我の手当てはしていたが、水に使っての低体温への対応訓練はしていなかったとの反省も述べられていた。

■国の対応は

 震災後については、自衛隊や国交省の対応については、自衛隊に頼んで断られたのは何もなかった。国交省も排水ポンプ車を16台出してくれたことで排水や二次災害を防ぐだけでなく行方不明の捜索にも役立った。すばらしかったと評価をされていた。

 政府に対しては、指揮を取るのは与野党含めて初めてのこと、と批判は避けていたが、今後の生活再建には法律が不備であると指摘されていた。災害時の避難所は7日間となっているが今回のような大震災では対応ができない。別の法律が必要。さらに、これから学校の建替えが必要になるが、災害時での建替え費用は、国が四分の3、自治体が四分の1となっているものの、これは台風や地震しか想定しないと指摘されてた。これは、同じ場所での建替えを想定しているため、同じ場所に建替えなくてはならないのか(土地の取得費用がかかることになる)との指摘だと思う。考えなくてはならないことだ。

 また、自治体によって財政規模が違い対応できることとできないことの差がでてしまう。例えば地方交付税が国から入ってこないと、自前でやらなくてはならない。そのため3月中に地方交付税を入れてくれ、前倒しでやってくれ。そうしないと自治体はやっていけないと伝えたところ、国は喜んでいた。国は、なぜ必要かが分からないのだそうだ。結果的に4月1日になったことで対応ができるようになったとされていた。このような仕組みをしっかり作ることで、東海などの地震へ備えることになる。国としてしっかりとした法整備をして欲しいと話されていた。

★阿部市長は、平成15年に大きな災害を経験していたことから、対応が迅速にでき、国への提言もできたとされていた。やはり、経験がものを言うのだろう。被災していない地域の自治体が、今回の大震災の経験をどう活かすか、これから問われるのだと思った。

■市役所の対応 

 市長はまた、家が流されてしまったこともあり、市役所に1ヶ月以上寝泊りしていたという。
 被災時の市役所の対応について何が必要かと考えると、人材、職員が必要。全国市長会からの応援や自治労からも応援があってなんとか対応はしてきたが、職員数が絶対に足りなかったとされていた。

 例えば、今回の震災では、震災で死亡された方の火葬が間に合わずに土葬としたが、これは、厚生労働省から来た一通の文書だけだった。あとは自治体が自ら考えてやらなくてはならなかった。毎日、500ぐらいの遺体があがっていた。葬儀社も被災している。そうなると、遺体を預かるのも職員となってしまう。場所も大きな課題。土葬は理解してくれるが、総論賛成で各論反対となってしまうからだ。場所を見つけることも大きな課題で、その対応を市役所がやらなくてはならない。罹災証明の発行などでも新しい窓口が30ぐらい必要だったのだそうだ。

 つらかったのは避難所が不安なので役所から2人ぐらい人をつけてくれと言われたこと。言われることは分かるが、避難所が100箇所にもなり、二名なら200人も必要になる。市の職員は337名。なかに被災者もいる。ただでさえ足りないる中で、対応ができるものではなかった。
 また、避難所への対応は、1万1000食の弁当を2週間目から出せた。他に比べれば早い方だが、被災者は他のことは知らないから、不安と不満しかない。自分たちのことしか目に入らないので、仕方がないことだが、と口を濁していた。
 

★阿部市長の話からは、最後には自治体、つまり市役所が自らやらなくてはならない、ということになるのだろう。このことは、いろいろ考えさせられた。

 そのひとつは、震災時にやるべき業務、やれる業務を想定して必要な職員数を市役所が考えておく必要があることになるからだ。しかも、震災で職員の全員がいるとはらないのだ。市役所業務を早急にやるべき、と言うのは簡単だが、現実にどこまでできるのだろうか、と思ったからだ。
 他の被災地で、被災地支援の受け入れに対して現地の対応ができていないと苦情があったが、現地で被災者の対応をしている人も被災者だ。ボランティアを受け入れて指示を出しているのも被災者。職員も社会福祉協議会の職員も被災者。それぞれに家をなくし家族を亡くしているなかで、働いていることを分かっているのかと言われたことを思い出す。災害が起きたときに市役所の役目は重要であることは間違いないのだが、だからと言って、職員を増やせとは簡単にはいえない。今後の大きな課題だと思う。
 

■マスコミ報道

 マスコミ報道と現場の認識の違いという興味深い指摘もあった。
 それは、マスコミは瓦礫から人が救助されれば報道されるが、他にも多くの人が救助を待っていたことは報道していないというのだ。例えば、水が引かないために二階に避難していて10日間以上も助けを待っていた人もいたことあったという。

 また、義捐金の配分が遅いと批判しているが、6月13日現在で1万世帯のうち、住民票台帳ですぐに振り込めるのは6000世帯しかなかった。配るにしてもできないことがある。
 被災者には法律で300万円が支給されることになっているが、家屋が全壊か半壊などの条件によって支給額が変わってしまう。隣が全壊でなぜウチが半壊かなど不満が出て再チェックになると、それだけ時間がかかってしまう。義捐金が遅れるには、このような時間もかかっているはずだとされていた。
 これらのことは、言い訳になるから言わないのだが、被災地の首長としてあえて言えば、とされていた。

 さらに興味深かったのは、瓦礫の処理は瓦礫を13品目に分別することで費用も抑えながら対応することができている。うまくやっていることは報道されない、との不満も話されていたことだ。指摘されると分かるのだが、確かに処理が進まないとの報道はあるが、うまくいっていることは報道されていないように思う。うまくいっている例が共有化されれば、他の自治体に役立つのに残念だなとも思った。

 仮設住宅についても貴重な指摘があった。それは、早急に作って欲しいというのは分かるが、仮設であっても上下水道や電気設備がないと建てられない。前もって準備していないとできない。仮設住宅を作る前のことも考えておく必要があり、このことを先に準備する必要があるとされていたことだった。

■市長としての対応と今後

 被災後、避難所をまわって激励することが必要かと思ったが100箇所となると時間がかかり、順番もある。このことを考えれば、防災本部長として指揮することが仕事と決め、防災無線で話を伝えることにした。現場に来ないといわれて次の選挙はないかもしれないが、腹を決めて本部につめることにした。
 今後については、大きな災害は今回が二回目ということもあり、対応ができているが、最後の最後は雇用になる。特に雇用の場である隣接する石巻市へ働きにいく市民が多いこともあり、しっかりすることが必要だ。スピードをもって対応して欲しい。
 宮城県沖地震は予想されていたが想定以上だった。防潮堤について多くの指摘がされているが、今回は役立ったかも知れないが、50年は守ったのではないか。高さをどうするかではなく、まず逃げるという考え方が必要で、市民と一緒に防災教育が必要だ。
 住宅については、移転をしたいところだが、家族が亡くなっているなど感情のこともある。最後に決めるのは行政ではない。ただし、学校や公共施設は高台にと考えている。それは、避難所になるからだ。
 今後の震災対応について問いかけたいのは、電気が使えなかったろうどうなるか。ガソリンがなかったらどなるかだ、との指摘もされていた。

 

★これらの話は、現場でないと分からないことだ。阿部市長が、まず見に来て欲しい。瓦礫置き場で13品目に分別しているところ。土葬で埋葬している市の気持ちをわかって欲しいとされていたが、現場の人に聞かないと理解できないことだと思う。
 武蔵野市も含めてだが、これまでに想定したことで本当にいいのか。今一度、防災計画などを考え直す必要があるということだろう。

■議会は

 議会への対応はどうしていたのか、を聞いてみた。

 阿部市長は、議員出身で前回の災害が起きた平成15年の時は議長だったという。その時は、朝まで夕方まで議会にいることにしていたという。それは、本来であれば議決が必要なことがあっても、急ぐ場合には先決処分としてしまうことになるが、先決するにしても、相談は議長に真っ先に来るからなのだそうだ。今回の場合では、例えば、義捐金を早く支給したいのに土日では払えないことになっていた。それを条例を作り払えるように先決にしたのだそうだ。

 そして、今回のような災害を運用できる法律はない。誰も予測してはいなかったものだ。災害時に議会が何ができるかを考えると、議員からの要望は妨げになることもあるが、議会が集まって提言してもらえれば助かる。
 そのためには、情報をまず共有してもらうことも必要だ。今回の災害では、災害防災本部に議長、常任委員会委員長、県議会議員も参加してもらい発言を最後の機会にしてもらったという。

 議員出身として分かるので、先決はしたくないがと阿部市長は話されていたが、スピードを考えれば、先決はいたし方がないのだと思う。しかし、市長だけで決めるのではなく、議長、あるいは議会と相談できるようにするということも必要なのだと思った。
 今回の場合も、議長は議会に朝から夕方まで、100日間、議長は付き合ってくれていたという。

 同じシンポジウムでパネラーとなっていたかんま進宮城県議会議員は、議会、議員には首長のように組織も執行権もないため、口だけしか挟むことができないというジレンマもある、と話されていたが、まさにそのとおりだろう。
 注意しないと、たんなる住民要望を強要するようなことになり、執行側にとっては“面倒”な存在でしかなくなってしまうからだ。市と情報を共有することで、市民へ伝えること。市が得られない情報を市に伝えることで市全体として対策を進めるようなことができるのかが災害時での議会の存在意義ともつながるのでは、と思った。

 具体的に震災時に議会が何をすべきかの答えは出ていないが、貴重は話を伺った一日だった。今後も現地の迷惑にならないように調べ、何らかの形にしたい。

【参考】
東松島市

武蔵野市議 川名ゆうじの武蔵野blog  大震災での議員の仕事