行政ツールとしてのフェイスブックの可能性 

エジプトの政権崩壊や映画の公開もあり注目されているのがフェイスブック(Facebook)。でも、他のウェッブサイトやブログと何が違うの? という素朴な疑問を持つ人は多いと思う。実際に私も使ってみているが、まだまだ何がそんなに良いのかの実感は少ない。しかし、最大の特徴である実名主義には大きな可能性があると思う。



■実名に変えてみて
 
 フェイスブックを使い始めたのは約1年前。何が注目されているか分からなかったのでお試しとして当初は匿名での利用だった(匿名でも使える)。そのためか、なんだか分からなんなぁと思っていたのだが、実名で登録しなおし顔写真も掲載することで、まだまだ多くはないのだが知人や旧知の人が見つかり「友達」の輪が広がり始めてきた。これは実名だからこそなのだろう。電話帳や同窓会名簿で昔の知人を探し出す手間を考えれば、比較にならないほど手軽だ。何よりも、この人は知っている人とすぐ分かるのがいい。実名でホームページやブログを開設している人であればネットで探しだす(探される)ことは可能だが、実名公開までの人はさほど多くないこと考えれば、違いは大きい。
 そしてフェイスブックであれば誰が発言しているか分かるので(実名登録に限るが)、疎遠になった人との友好が復活することや近くに住んでいながら連絡が取りにくい人、友達の友達(どこかのテレビ番組のようだが)を紹介してもらうなどで輪が広がり新たなコミュニティになる可能性は高いと思った。知っている人だけのメーリングリストというのもあるが、ある目的以外の情報を流すことは難しくフェイスブックのほうが気軽なコミュニティづくりになるのではとも思う。
 また、ビジネスで考えれば名刺交換と同じような感覚で互いを紹介することもできるのではと思った。

■行政ツールの可能性

 可能性と将来、まだまだどうなるか分からないのがフェイスブックだろう。いろいろな報道があるので読んでみても、絶対にこうなると言い切れるような可能性はまだまだだと思う。そのなかで興味深いのが、日本経済新聞(2月10日)に掲載されていた『企業の「フェイスブック」ブームにバブルの気配』の記事だ。ブロガーの藤代裕之さんが、日本企業の意思決定は中高年層が担うことが多いが、ネットのことを良く分からずムードだけでなんとかビジネスに結びつけろと指示を出して結局失敗するのではないか。『セカンドライフを教訓にするなら、新しい仕組みを古い考えや枠組みで理解してしまうことが失敗の最大の原因なのだ。』と指摘。指示を出す前に自ら使ってみるべきとしていた。もっともなことだ。

 ビジネスの世界はさておいて、行政(政治も入るとは思う)についても同じことがいえないだろうか。
 フェイスブックに限らずネットを使った新たなコミュニティが今は課題はあるにしても出来上がりつつあると思う。旧来だけのコミュニティをどうするか、昔のほうが良かったと懐かしむだけではなく新たなコミュニティとどう付き合うかも真剣に考える必要があるはずだ。そのためには、行政側が自らを考えてみて対応をする必要があると思う。

 かつて、自治体のホームページに電子掲示板を設置していた例は多かったが、成功事例は少数ではないかと思う。多くは意見を募集という最初の書き込みが行政側からあっただけで、あとは市民が書き込むだになっていなかっただろうか。そのため、メールと何が違うのかとなり書き込む側も面白くなく自然消滅してしまったように思えている。書き込んだコメントへの行政側の反応、意見があれば書き込むほうも興味が高まったのだろう。コミュニケーションとは双方向で行うから意味があるからだ。

 行政側とすれば、対応している時間が必要なこと。コメントを返すことで余計な波紋が広がることへの懸念もありやりたくない大きな理由かと思う。しかし、最大の課題は掲示板を作れと指示を出した責任者が利用をしていなかったから、知識が少なかったからではないだろうか。つまり、とりあえずやっておけ、あるいは行政側だけの利点だけで考えてしまったことが成功できなかったのではないかと思う。たんにパブリックコメントが欲しいのであれば掲示板は必要なかったのだ。何ために作るのか、そして、何が良いのか分かったうえで考えていたのかをあらためて考えてみるべきだと思う。市長自らツイッターを使い、職員にも活用を指示している樋渡武雄市長がいい例だろう(打率2割でOK 樋渡武雄市長のツイッター革命)。

■新たなコミュニティの可能性

 これからを考えると、利用してメリットを分かっている人が掲示板にしろ行政側のネット活用を考えるべきであるということだ。それが、市民との新たなコミュニティにつながる可能性が高まることなるのだと思う。
 それが実名主義のフェイスブックであれば、より高いのではないだろうか。

 顔と顔を合わせて話すことがコミュニティの原則だと思うが、時間的にも制約が多いことを考えると大きなツールのひとつになるように思えてならない。これは市民同士でも同じであり、議員と市民との関係でも同様だ。この意味で可能性が高いように思えてならない。互いの趣味など人間的な要素も含めての自己紹介をしあったあとで意見を交換することで意味のある議論にもなるし、それが新たなコミュニティにつながっていくのだと思う。匿名同士では、どうしても言い合いで終始していまうのではないだろうか。

 とはいえ、ネットは匿名だからいい、という価値観も否定できない。ケースバイケース、節度やマナーの問題でもあるとは思うが、実名によりこれまでの懸念が変わるのではないだろうか。実名主義がどこまで日本で受け入れられるのかは未知数だが、可能性あるはずだ。その可能性をいち早く考えることも行政や政治には必要だと思う。 

 今後、日本のSNSで最大手のmixiとの住み分けができるのか、それともどちらかがた淘汰されるのか興味は尽きない。来年あたり、そういえばフェイスブックなんて話題があったなぁ、ブログにも書いていたなと笑い話になるかも個人的には注目をしておこう。