議会の存在意義を考えるのは誰か   名古屋市議会のリコール成立で

名古屋市議会のリコールが成立した。リコールしてもしなくても、4月の統一地方選挙で市議会議員の選挙が予定されているのだから、予算審議の最中に税金を使って一ヶ月前倒しする選挙が必用があるのか、と思う反面、リコールが成立したことは、それだけ議会への不信が大きいということだと受け止めている。

 同時に行われた愛知県知事選挙では大村氏、名古屋市長選挙は河村市長が圧勝し既存政党の立場がないほどだった。こちらの選挙は別としても議会のリコール、それも政令指定都市という巨大なまちで成立したことの影響が歴史的に見ても大きなことだと思う。
 それは、二元代表制の一翼である首長から議会が報酬に見合う仕事をしていないと公然と批判が行われ、有権者の多数も同調したことになるからだ。

 首長のインパクトによりけりという大前提があるとしても、今後、同じようなアクションがいろいろな自治体で行われた場合、いや、議会はちゃんと仕事をしているよ、議会のほうが大切なんだという“議会擁護派”の有権者がどれだけいるのだろうか。少しだけ想像してみても、自信が持てないのが正直なところだ。
 武蔵野市ではないが、議会を毎回傍聴しているという議会ウオッチングの市民の方々と話す機会が多いのだが、議会での議論を聞いているその人たちが、議会は必要だが、仕事をしている議員は少数。いっそのこと、多くの市民が参加できるような議会にしたほうがはるかに議論が活発になるとの意見は常に聞くことだ。多くの議会で、現実を真剣に考えてみる必要があると思う。

 名古屋市議会は、河村市長との対立から議会基本条例を作るなど議会改革を進めてきた。しかし、それでもNOを突きつけられたのだ。同じ議員として重く受け止めたい。議会改革はまったなし。まず、改革を進め市民に議会があることを誇れるような存在意義をもてるようにしないならないことが証明されたことを今回のリコールは示している、と私は思っている。これから各地へどのような影響がでるのだろうか。

 2月1日の産経新聞が『住民投票、要件緩和へ 総務省方針名古屋市議会リコールで問題点露呈』の記事で、緩和されることで本来の意味と異なるリコールが乱発されるのではないかという懸念を書いている。2月7日の中日新聞『市議“解雇” 「批判これほどとは」 名古屋市議会リコール成立』の記事のなかでは、鈴木望・前静岡県磐田市長は「市長と議会がねじれたら直接市民に聞く地方自治が前進した」と今回のリコールの意味を語っている。このことは、市民にどれだけ議会開かれているか、聞くだけでなく課題解決向けて議会として直接議論をしていたかが問われた選挙であり、結果として有権者はNOと突きつけたことになるのだと思う。
 さらに7日の朝日新聞には『名古屋市議会が解散 二元代表制正念場』との記事がある。内容は、議会の姿に切り込んではいないが、タイトルが示すように現状の二元代表制をそもそも考え直す時期であり、それは議会・議員自らやるべき時期になっているということだと思う。

 武蔵野市議会の議会改革のなかで、議会基本条例を作ろうと提案をしているが、まだ具体的な動きにはなっていない。4月に市議会議員選挙があるため、時間切れになりそうだが、武蔵野市に限らず4月の統一地方選挙では、名古屋のケースを踏まえて選挙で議会を変える意思のある議員を選ぶかどうか、有権者の判断が重要になるはずだ。そして、なにより議会が仕事をしていないと判断する前に、仕事をする議員を選ぶことが何よりも重要ではないだろうか。