教育には開くことが必要 身近な政治も注目すべき (藤原前和田中校長の講演から)

002 2011年が始まりました。皆様は、どのような一年のスタートでしたでしょうか? さて、今年を考える上で最も注目されるのが政治ではないだろうか。国会がどうなるか、一ヶ月先も読めないし、この4月に行われる統一地方選挙に注目する報道が多いように思えるからだ。

 今年がどうなるか分からないが、政治に注目が集まることは良いことだと思う。どうも毛嫌いする風潮があり、結果として政治がおかしくなることに結びついていると思うからだ。特に身近な政治に注目すべきだと思う。このことは、昨年話を伺った前杉並区和田中学校校長の藤原和博さん(大阪府特別顧問、東京学芸大学客員教授)も話されていたことだった。

 藤原さんの説明は必要はないかと思うが、(株)リクルートの東京営業統括部長、新規事業担当部長などの経歴を持ち2003年から08年まで東京都で始めての民間人校長となった方だ。話を伺ったのは、10年8月に行われたローカルマニフェスト推進地方議員連盟研修会の講演だった。

■教育の問題には開くことが必要

 内容は多肢に渡っていたが、中心となっていたのは、今の教育は机上の空論のオンパレードになっていることが問題。幼児期も生涯学習も一緒にしているが、分けて考えることが必要だ。大学は5年もすれば淘汰されるだろうが、大切なのは義務教育だ。
 しかし、小中学校の多くは鎖国をしている。校長が校長室に閉じこもって外からの教育資源を活用していないことに問題がある。この問題には、校長は“あがり”のポジションで失敗できない、新しいことができないことや学閥のイジメがあることが背景にはあるが、守りに入った校長に子どもの未来をじゃまされたくない。このような学校を地域や民間の人材を活用して開くべきというものだった。

 学校を開くために藤原さんが提唱し和田中学校でもおこなれているのが、「よのなか」科の授業だ。これは、大人と子どもが一緒に学ぶ授業を週に一回行うというもの。授業では、正解が一つであることはやらない。「赤ちゃんポスト」など賛否が割れることを議論、ディベートすることで参加者の考えが変わることを知ることが狙いとなっているのだそうだ。
 成熟社会では、正解主義を止めること。みんなが同じ答ではなく知識経験技術を使って答を出すことが重要で、そのためには、情報処理力が必要だ。これは上手に疑う技術のことで物事を多面的、複眼的思考につながるとされていた。

■地域人材には注意も必要

 学校の鎖国を解くには、地域人材を活用することが必要。自分の親には聞けないが他の大人に聞けることがあり、斜めの関係ができる。これが習慣化すれば、地域の人には学校が生きがいになるし地域の再生になる。子どもにとっても、大人とは何かを学ぶことになる。これがあたらしい公共ではないか。

「家屋には筋交いがたくさんあれば丈夫になる。多層的な関係を作ってあげないと生きていけない」。「なぜ子どもは塾が好きか。斜めの関係を求めていっているから。そうでないと生きていけない」との指摘は特に考えさせるものだった。

 その一方で地域の人材を活用することは、多くの学校で行われているが、“藤原流”の活用方法のポイントにも考えさせられることがあった。
 それは、地域の人には注意が必要ということだ。子ども好きだけでは、なかには“危ない人”もいる。教えたがりの人もいるので、仕事が好きな人。教えることよりも学びたい人にした。大人の学び上手が集まれば子どもにも広がる。教育とは伝染、感染だから、というものだ。地域の人なら誰も良いのではない。地域の大人にも学ぶ意味を知ってもらいたいというものだろう。

■授業では政治も扱う

 他にも興味深い内容ばかりだったが、最も印象深かったのは、「よなかな」科の授業では政治も扱っている。普通、公民は国会から始めるが、逆に地方政治・行政からはじめている。遠い国会よりも身近な話題のほうがいい。聴衆が地方議員だったからかも知れないが、“先生”となる民間とはビジネスマンではなく 市議会議員でもいいとの話もあった。
 教室になぜクーラーがないのか。駐輪場がなぜ少ないかを考えるようにしている。実際に花壇にすれば放置自転車がなくなるという中学生のアイデアが実現された例もあるとされていた。クーラーを入れるにはいくらかかるのか。その費用で校庭の芝生化や夜間照明、ランチルームもできる。何を選択するかを考えることになり、それが政治の体感になり、遠い国会の議論よりも分かりやすいというものだ。
 
  そして、教師の人事権は校長にはないが、教育課程の編成権は校長が持っている。「よのなか」科のようなことは校長判断でできる。これは文科省にも指導はできないこと。その一方で、やらなくても減給にならない、やらない権限もあるから、ここを変えるのは教育長だ、との話も興味深いものだった。

 

【視点】教育現場を外からしか知ることができない身にとっては、実際はどうなのか。自治体のよって事情が異なり単純に比較はできないが、武蔵野市の場合はどうなのだろう? との関心をより呼び起こされてしまった話だった。政治についての指摘は、確かにそう思う。学校だけではなく、大人も同様のことを日頃から考えるようになること。考え議論できる場も必要なのではとも思った研修だった。
 国の未来を決めるのは教育の力が大きい。現状が良いとは誰も思っていないのではないだろうか。しかし、悪いことを列挙して批判するだけではなく、何をどのように具体的に変えていくか、実践していくかが問われている。これは政治、議員も同じだろう。それが、今年、とも思った(話が強引かな(^_^; )。
 
 新年のスタート。今年もいい年に! 

【参考】
藤原和博のよのなかnet