時代が変わり議員の役目も変わった  土屋前市長の講演から

開かれた議会2 ひらかれた議会をめざす会のシンポジウムが11月28日に開かれ、土屋正忠氏(前衆議院議員、武蔵野市長)の基調講演があった。テーマは「ベテラン首長から見た、良い議員、悪い議員。あるべき議会」。土屋前市長とは、二年弱議会で対峙していたが、議会制度や議員をどう考えているは聞いたことがなかったので、非常に興味深いものだった。名古屋や阿久根市で市長と議会が対立しているが、どちらの市長も1,2期と期数が少ない。多選の問題はさておいて、6期の市長がどのように思っているかも含めて話を伺った。



 シンポジウムは、議会改革をテーマに、具体的に何をすれば改革が進むのかがメインテーマ。土屋氏からは、議会制度への考え方と議員の役割についての基調講演が行われた。

■44年前の市役所の仕事

 土屋氏は冒頭、昭和41年、今から44年前に市の職員になった頃の市役所の様子を話されていた。当時は地域でお祭りがあったり、家族に病気の人が出たりすると家に帰ってしまう職員もいたが、それでも出勤扱いになっていた。その一方で、何か問題があれば手弁当で出勤する、職場の飲み会は絶対に出なくてはならなかったようないわば共同体のような市役所だったのだそうだ。しかし、時代が変わり、職員の運動会や旅行会がなくなったように社会状況が変わった。議員はこのことを考えなくてはならない、とされていた。

 土屋氏が市役所に入った頃は、戸籍と水道、道路、税金ぐらいが仕事。社会福祉も低所得者対策ぐらいしかなく基本的にはないような時代で国保があったくらいだった。当時は高齢者は少なかったから対策もなかった。障害者もなかった。いても、かかえて家の中にいたからだ。国際交流もなかった。環境問題もなかった。あったとすれば伝染病対策ぐらい。ゴミの収集も始まったが、焼却場は断続炉だった。ゴミの量が少なく燃やす時間が決まっていたからだ。ダイオキシンは出放題だったかもしれない。下水もできていなかった。防災もなかった。台風が来ても、過ぎ去ったあとに対策本部ができたような時代だった。スポーツ文化もない時代だった。
 このような時代から、インフラ整備ではなく職員ばかり増やしていたような自治体もあった。市民のためではなく市職員のために仕事をしているようなものだ。だから、そのうちに退職金を払えなくなった自治体もあったほどだ、との話もあった。

■時代が変わると、市議の役割も変わる

 そのころの市議の仕事はなにか。社会的矛盾の解決のために、ではなく、まち全体が共同体のような時代だったから、何を決めたかではなく、誰が決めたかが問題だったという。

 土屋氏が議員になったとき、住む家もないのが議員になったのかと言われたのが象徴的だったという。それまでは、立派な家に住んで、まつりには寄付をしているようは人に決めてもらいたいとの思いが武蔵野でさえも強かった。議員の家に行くと500円払って3000円ぐらいご馳走になるようなこともあった。お金の流れが議員から市民への流れの時代だったが、土屋氏が議員になった頃からそういう旧来のやり方が限界に来ていた。このような議員というレッテルの時代から中身の時代になった。良いか悪いかは別だが、時代にどのように対処するのか。たんに住民についていくだけではない、指導をするのかが求められている。

 市役所に電算機が入り、大福帳的なやり方が限界になり変わったのと同じように、時代の流れのなかで市議の役割が変わってきた。名望家、お金がある人が政治をやる時代ではなくなったきた。かつては、議員は政党の下請けのようなことをしていて、右肩上がりの時代で税収が増えていく中、あれもこれもよこせ、物取りのような時代だったが、旧来型の名望家政治と組合系、55年体制ではダメになっている。政策では保守、革新では本当の意味で市民の期待に応えなくてはならくなっている、とされていた。

■阿久根、名古屋の問題 裏を見なくては

 時代は変わったが、物や情報が豊かになったのに孤立化している。日本の社会は、世界史のなかで最前線にいる。どうするかが問われている。マザーテレサは、路上に倒れている人に食べ物や毛布を与えるも大事だが、一番大切なのは、あなたは必要とされている、一人ではないと伝えていることのほうが大切とといた。日本は歴史の最前線にいる。そのことも含めて議員は何をすればいいのか。

 阿久根の竹原市長。私も乱暴者だったがあれほどじゃない。しかし、裏を見なければならない。阿久根市職員給料が市民の倍ぐらいの給料があるという。多くの自治体は疲弊している。貧しきを憂えず、等しからざるを憂うではないが、役所職員、特権階級と思っていないだろうか。市長が再選された原動力は何か。

 名古屋市では減税と議員報酬半減が焦点になっている。政令市は他とは違うが、その裏には名古屋の市議は、何をしているか見えないことがあるのではないか。だからあれほどの署名になったのでは。複雑多岐、多様で複雑な社会になった今、選挙民へ議員としてどのようにメッセージをだしていくかが課題だろう。

■議会は不要か

 とはいえ、市民参加が進むなかで直接民主主義だけでできるのか。一定の規模になると代議制にならざるを得ないはずだ。機能しないと思う。議会が必要か、必用ではないかの議論があるが、代議制を否定してや社会はなりたたない。ハッキリしている。

 しかし、あたかも否定する言動を発揮する人が支持を得る背景はなにかを考えなくてはならない。市議が二元的な自治といいながら、行政の追従、100%を追認していては、議員はいらないとなる。年に一回ぐらい否決すればいい。そうすると行政は考えるようになる。

 議会には法的に権限があり強い。団体としての意思を決めるのも議会だ。しかし団体意思の原案をつくるのは行政のほうがスタッフも多く法で守られているで圧倒的に強い。こういう官僚、行政に対して、議員は、何が問題か分析しないとならない。

 私もやっていたからいえるが、官僚は血が通っていると思ってはだめだ。時としてそのようなのはいるが、そんな官僚は異端だ。官僚制と戦わなくてはならない。ハムラビ法典の時代から4000年の歴史があるのが官僚だからだ。官僚制は権力者はやりたいようにやる組織だ。基本的に責任を持たなくてもいい。そこをチェックするのが市議の役割。市議だけでだめなら市民も巻き込んで運動をする。そういうことをやっていれば、報酬を出してもいいとなると思うはずだ、と話を結んでいた。

開かれた議会1★マザーテレサの話が出てきたことには驚かされたが、時代の変化を体験してきた上での話には重みがあった。主義主張は異なっても、まず話を聞いてみることの重要性を再認識した講演だった。制度や時代への想いは同じなのかもしれない。特に議会についての話を聞いたの初めてだったが、考えていることは同じだな、と思う。官僚については、私に経験がないのでなんとも言えないが、そういう面もあるのだろうか。できれば、土屋氏が市長時代に何かを否決してみたかったとも思った。
 名古屋、阿久根市だけではなく、議会、議員のあり方が問われている。そのことにどれだけ敏感になっているかも、議員には問われているはずだ。

(今回の講演は、武蔵野市議会を傍聴したことがある運営委員から、あれだけ議会で過激なことを言う市長は見たことがない。議会とやりやっている首長が議会をどう思っていたのか、議会改革必要性も含めて聞きたいとの提案があり実現した)