市民と行政の意思疎通に必要なこと  ソウルのまちづくり(視察報告3)

ソウル 3-1 ソウルのNGO、「都市連帯」の事務所は、市内の少々年代を感じさせるビルの一室にあった。日本でいえば4LDKの間取りを使いLDKを会議室兼用の共通スペース兼作業室のようにしてある。壁には書棚があり、団体に関係してある資料が置かれているなど日本のNGO、NPOの事務所と変わらない雰囲気だ。対応してくださったのは、金銀姫(キムウンヒ)事務局長。事前に質問内容は送っておいたのだが、一体何を聞きにきたのか、というどこか警戒心のある対応だった。

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■北村への評価は手厳しい

「都市連帯」は、歩きたい都市、ヒューマンスケールの都市を作るために活動する非政府組織として1994年に設立。1996年のソウル市歩行環境基本条例を策定するさいに市民側の立場たち活動を行うなどまちづくり活動、市民支援を行ってきた。北村(ブッチョン)などのまちの活性化のための活動も行い、現在では、都市の中のミニ公園の活用なども行っているとされていた。行政から運営の補助金はなく、まちづくりなどで事業ごとに委託を得ているが、運営は会費によって賄われているという。ソウル 3-4

 事務所を訪れ、ソウルのまちづくりについて調べるために訪れている。「都市連帯」は北村の計画にも関わったことがあるというので、我々は明日、見に行く予定だと自己紹介をしながら話した。すると、
「行って欲しくない。なぜ行くのか?」と冒頭から聞き返されてしまった。

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 北村は、古民家などを残して新たなまちになり観光客も増えている。ソウルにとっては新たな発想によるまちづくりになる。日本でも同様の手法があるため見たいのだと伝えると、
「観光客は増えたが住む人には良いまちではなくなっています。景観法が作られ街並みは残っていますが意図的な計画でした。古民家を残すことは良いことですが、元々住んでいる人がいるまちなのに、違ったまちになってしまっています」
 と手厳しい指摘をされていた。

 チョンソク先生がまち並を残すことができたが、今度は投機の対象になってしまったり、別荘地としての土地を買う人が増えてしまったと北村の課題について話されていたが、市民側も同様の見方をしていたことになる。しかし、チョンソク先生は、それでも古くからのまち並みを残すことができたこと。景観法で外観には規制をかけたが、内装についてはクーラーを設置してもいいなど生活での快適性を損なわないようにしていることで住民が住み続けられるまちづくりができたと評価していたのとは対照的だった。

ソウル3-7 翌日に現地を訪れてて分かったのだが、路地裏に観光客があふれているような状況で「冬のソナタ」のロケ地でもあったかことから日本人の観光客も多く訪れていた。ここで生活するとなると、正直なところ考えてしまうような雰囲気だった。古い家屋が多く残されてはいたが、その中に突然と豪華な、それも外部を遮断しているような豪邸があったことには、違和感を覚えてしまったのは確かだった。

■行政と議員は市民の“敵”?

 このような話をやり取りしているなかで、そもそも行政職員と議員がNGOの事務所になぜ来ているのか、という話になった(※)。細かなニュアンスは分からないものの対応の雰囲気からは“敵側”の人がやってきていることに警戒心があることは感じ取れていた。ソウル 3-8
 市民とともにまちづくりをしたい、市民ととことん話し合うことで物事を進めたいと考えているメンバーだと伝えると、そのようなことが在りうるのか、という驚きの表情に変わり、日本ではみんなそうなのかと聞かれてしまった。どちらかで言えば少数派だと苦笑しながら返答をすると金さんの表情が変わり、なんとなくだが理解が得られたような雰囲気になった。
 ソウルでも行政との協働やともにまちづくりを行うことはやっと始まったばかりで、行政との間の取り方には苦慮をされているようだ。行政や警察は、市民参加になれていない。接するのは知らせるときだけという状況で行政と市民が話し合う場を作ろうと活動をしているとされていた。これは推測だが、NGOの多くは政治運動を行っていたこともあり、行政とは議論をしあうということはほとんど経験がないという経緯もあるのだろう。

ソウル3-9■清渓川の評価 市民と行政の意思疎通に必要なこと

 このような話から、警戒心が薄れたようになり笑顔もでるようになってのやり取りとなり、本音もでてくるようになった。興味深い内容がだったか印象的なのは次のようなことだった。

Q:行政と市民との中間に位置することになるが、最終的にはどちらの立場に立つのか?
A:「「話し合いを重視しているが、最後には住民が正してければ一緒に戦います。ロビー活動もするし署名活動も行っています」

Q:議員との関係は?
A:「2003年~04年頃から一緒にやろうとする議員は出てきました。それまでにはなかったこと。でも、票集めやろうとする議員もいるので注意しています」

Q:行政職員に望むことは?
A:担当者がすぐに変わってしまうことが課題。変わることはしょうがないが、私たちも担当者一人をいじめるのは良くないと考えています。組織として課題や話し合いを継続できるようになればよくなるのでは。一番の問題は、定年1年前の人で何もしないから。日本でもそうですか?」

Q:NGOの会員数とスタッフ体制は?
A:「会員は400人程度。当初から減ってはいません。有給のスタッフは、4人。でも、高給ではないのでたいへん(笑)。若い人は報酬がなくても働いてくれるから希望でもあります」

Q:行政との意思疎通はどうすればできるようになるか?
A:「行政との意思疎通は対話で。ワークショップも行うが一番はおしゃべり。食事などもして。双方が同じ思いになろうとするのではなく、互いを理解すること。市民参加は多くなってきたが、参加は答えではなく、良い意識を作ることに意義があります。そのためにも、結果をすぐに求めるのではなく、時間をかけておしゃべりをまずすること。このことから始まるのが一番です」

Q:清渓(チョンゲチョン)川への評価は?
A:「都市連帯は、当初は賛成し参加していました。時間をかけるべきと主張しましたが、主張が通らなかったので脱退しました。プロジェクトは良いけれど、商業施設をはずしてしまったこと。周辺地域を金融のまちにしようとしていたことが問題だと思います。人々の生活の場を残すべきでした。だから人工的な再開発になっています。再生ではなく土木工事に過ぎません。それに、再生工事で文化財も出てきたが埋めてしまいました。歴史的文化財の保存施策が先ではなかったかと思っています。観光に役立っているとは言われますが、実際には観光客は減っています。一回きたら次は来ないのが清渓川。人を寄せる生命力がない。良い出発でラフな過程。悪い結果が清渓川です」
 と手厳しい評価だった。

■現地に行かなくて分からない。視点も複数必要 

 清渓川も訪れてみると分かるが魚が泳ぐようなきれいな水が流れ(他の河川からの浄化水)都会の中のオアシスのようになっている。何よりも高速道路を撤去して川を再生したことは画期的であり日本でもできないのかとうらやましく思う事業だと思う。しかし、事業を終えた後、そこでの人の暮らし、住み続けられる開発だったのかを金さんは指摘していたのだと思う。川の再生は良いことだが人の生活を優先させべきとの思いなのだろう。

 ソウルではニュータウンという手法で開発を行うことが多いという。それは、住む人々を転居させて一気にまちを作り上げてしまう手法だ。国民性の違いもありできることだろうが、ソウルではそういう時代ではなくなってきているようだった。その意味では、清渓川の評価に差はあるにしても、大きな意義があったと現地を訪れてみると、より実感できたのだった。

 それにしても、どうして清渓川の再生が李明博(イミョンバク)現大統領のソウル市長選挙のマニフェストの一番目だったのだろうか。本人に聞かなくては分からないことだとは思うが、今回の視察では、市長選挙での目玉にすることが目的。対抗馬の候補が李候補よりも若いことから、若者や知的階層へのアピールとして使われたとの話を聞いた。清渓川の再生もまちの再生ではなく、古くから住む住民を移転させて新たなまち、金融のまちにして土地の価値を上げようとしたとの指摘もあった。このことの是非は別の問題として日本では分からないことだった。

 清渓川を歩いてみると、市内を流れている地域は人が多く憩いの場になっているのは確かだ。しかし、もともと人が多いのだといわれてしまうと、どうなのだろうと思ってしまう。市内から離れたところでは人の姿が少ないことを考えると、再生の計画は良いとしても、その後の「まち」としてはどうなのか、と思ってしまった。歴史を知るために市内から離れたところにある清渓川文化館を訪れたのだが、土曜日の午後というのに訪れているには視察メンバー以外に一人だけという状況だった。ひところは多くの人が訪れていたようだが、今となってはどうなのだろうという状況のようだ。

ソウル3-10★ものごとは現地に行ってみないと分からない。立場に異なる人から話を聞かないと全体も分からないことが実感できたのが今回のソウル視察だった。最も印象に残ったのは、「都市連帯」の金事務局長が、意思疎通、相互理解をするには、まず、おしゃべりが必要。いきなり会議をしてもできない。人間同士が分かり合わないとだめ、という話だ。チョンソク先生も“焼酎”というキーワードを話されていた。お酒の種類は別として、日本でも同じことだろう。異なった国への視察でも見えてくるのは、同じことだと思った。国は違っても求めていることは同じなのかもしれない。

「都市連帯」を訪れた後、金事務局長と視察メンバーで“おしゃべり”のために近所の焼肉店でマッコリを浴びるほど飲み、さらに二次会にもくり出した。二次会で私はダウンしたが、もっと飲みたいというパワフルな姿の金事務局長の姿を見せつけられてしまった。このような人がいるから市民組織は動いていくのだろうな、日本でも変わらないなぁと重くなった瞼と戦いながら思ってしまった。

写真(上から)
・北村の一角で
・冬ソナのロケ地になった学校
・日本人向けの土産店もある
・北村には観光客があふれていた(平日の昼間)
・北村の様子。古い街並みと新たなビルが混在している
・北村文化センター。観光案内(日本語のパンフあり)があり、伝統家屋を見ることができる
・北村にあった幼稚園。モダンな外観
・金事務局長
・「都市連帯」の事務所
・焼肉店で“おしゃべり”。焼肉店のテラス席は、アウトドアなBBQみたいだ。近所に煙が流れても大丈夫なのはお国柄か

【参考】
都市連帯
北村(ソウル市の公式サイト。日本語)

ソウル視察報告1
ソウル視察報告2

※視察メンバーは9人。行政職員と議員で構成。ちなみに今回のメンバーで議員は私のみ。東京の大学院でまちづくりを学ぶ韓国の方にも同行してもらい通訳をお願いした。