清渓川の成功は市民をパートナーと思ったこと ソウルのまちづくり(視察報告2)

ソウル05 国立ソウル産業大学校教授のチョンソク(鄭石)先生の話を伺った後、ソウル市政開発研究院のビョンミリ(邊美里)博士の話を伺った。ビョンミリ博士は『清渓川復元 ソウル市民葛藤の物語』(日刊建設工業新聞社/相模書房)の著者の一人でもあり、このプロジェクトに関わってきた方だ。清渓川の成功のポイントは、ズバリどこにあったのか。市民との合意はどのようにしたのか。そして、高速道路を撤去して後、渋滞はどうするのかを伺った。

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ソウル市政開発研究院(Seoul Development Institute )は、正確には理解はしていないのだが、ソウル市によるシンクタンクのような存在だろう。当初は市の担当職員に話を伺いたかったのだが、プロジェクトにも関わってきたこともあり適切な人として紹介された研究者だった。ソウル06

 清渓川の再生については、知られていることなのでここには詳しくは記さないが、ソウル市の中心を流れる川で、以前は高速道路があり、地上の道路とあわせて一日平均16万8,500台の交通量があったところだ。この高速道路が老朽化したことやふたをされていた河川の底に鉛、クロム、マンガンなどの重金属で汚染されていたことが分かったことから、高速道路を作り直すのか、あるいは、撤去してしまうのかが議論になっていたのだという。
 そこへ、現在の韓国大統領、李明博氏がソウル市長選挙への立候補にあたり、ソウルが21世紀型都市として競争力をつけるために清渓川を復元するという公約を掲げて当選。その、一気に動き出したプロジェクトだ。

 そして、プロジェクトを実施するにあたり、行政だけではなく、学識者や市民による委員会をつくり、実施したというものだ。しかも、プロジェクトの計画が考えられたのは90年代後半。実施されたのが2003年から2005年、3年という短期間で実行してしまったプロジェクトだった。
 詳しくは、ソウル市の公式サイト(日本語)にあるので参照して欲しい。

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■行政と研究機関、市民で作ったマスタープランが重要

 さてビョンミリ博士に伺ったのは、なぜ、このようなプロジェクトが実行できたかだ。日本であれば、構想を考えて基本設計をして実施設計をしてと計画だけも三年間はかかるのだから驚異的な早さであり、日本ではとうていできるとは思えないプロジェクトだからだ。特にこれだけ大規模のプロジェクトをどのように市民と合意し、しかも短期間に実現できたかを聞いてみた。
 
 ビョンミリ博士によれは、ポイントは5つだったという。

(1)市長のリーダーシップ。マニフェストの一番目にあった。
(2)財源も優先させた。他を減らしても集中させた。
(3)市政研究所と行政と市民が作ったマスタープランがあった。
(4)時代の流れ、生態的にも必要。
(5)システム。

 このなかで、市が考えたものを上から落とすという発想から、市民をパートナーとして考えるようになった行政のパラダイムシフトがあったこと。そのマスタープランがあったことが重要ですとされていた。このプロジェクトには、対話の概念があり合意形成のいい経験にもなったともはなさていた。市民を説得し合意形成をすればできる、との思いも行政には生まれたのも大きな成果なのだそうだ。
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 また、世界的にも開発ありきの開発パラダイムは終わったと思っている。量的な成長から質、クオリティライフを考えるようになったことも背景にあるとチョンソク先生と同じ考えも話されていた。

 それまでの清渓川は、低所得者層の人が住みついていたり、工具の問屋街があったなど商売をしている人も多かったのだが、そのような人たちとはどのように合意をしたのか。特に商売への影響があり反発が大きかったのでは、との疑問には、利害関係者が行う前に事前に調査を行い明確な保障のルールを作った。これを守ったことでできた。市民的にも興味が高まり、再生への意見が多かったこともあった。
 しかし、移転先は都心ではなかったので現在は活性しているとはいえず、商売人の満足度は高くない。今後はどうなるか分からない。ソウル市の宿題だとされていた。すべてが満足いく結果ではないということだろう。
 プロジェクトが終わった後も2年間のモニタリングを行っているのも特徴だそうだ。現在では累積で1000万人の人が訪れているなど都市観光にも役立っている。その反面、地価の高騰もおきてしまっているとされていた。インフラ整備にはモニタリングは必要ですよ、との話は理解できることだ。作っておしまいではなく、その結果どうなっているのか。改善すべきことは何を知るには当然のことだろう。

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■渋滞はどうするのだろう
 
 清流が復活したこと、生活の質を高めることは魅力的なことだが、ソウル市の渋滞は高速撤去でどうなったのだろうか。市内を移動していると車の渋滞は激しく、高速をもう一度、作れという声もあるのではないかと思ってしまうからだ。また、このプロジェクトを実施するさい、議会の反応はどうだったのかも聞いた。

 答えは、ソウル市民は道路を作っても渋滞の解決にはならないと思っています。公共交通へのシフトが必要でしょう。そもそも、道路を作る場所もないのです。議会は野党は少数だったので大きな問題にはならなかったと話されていた。

 
 移転した先の課題はあるとしても、清渓川の再生プロジェクトは大きな成功になっているというのが結論だろう。ビョンミリ博士からは、日本橋の高速を撤去するプロジェクトはどうなったかと逆に質問をされてしまったが、日本でもこのようなプロジェクトができないだろうかとも考えてしまった。最近は、色あせた言葉だが、発想の転換、新たな価値を見出すのは“政治主導”でないと動かないのだろうというのもビョンミリ博士からの話を伺って思ったことだった。行政だけではなく、このような大規模な研究機関があり市民との間に立てるというシステムも日本でも参考になるとも思った。
 渋滞は、日本、特に東京では大問題だが、とにかく作るという発想ではなく、どうしようもないのだから諦める。いやなら公共交通へという割り切りも必要なのもしれないと思った。パラダイムシフトが必要なかもしれない。ソウル13

 この話を伺った後で訪れたのが、ソウルのNGO「都市連帯」だった。事務局長の金銀姫さんから、清渓川と北村の評価を聞くと「良い出発でラフな過程。悪い結果が清渓川」。「北村になぜ行くのか。行かないで欲しい」という手厳しいものだった。

(つづく)

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【参考】
ソウル市政開発研究院(Seoul Development Institute )  韓国語と英語のみ

都市連帯 韓国語のみ

写真(上から)

高速が撤去された後。橋脚が残されている

市民の憩いの場になっていた(2点)

アートの展示もされていた(2点)

川の水はきれいで魚も泳いでいる。他の川の水を浄化して流しているそうだ

清渓川文化館。川の歴史、再生の経過などを展示している

かつての清渓川周辺の住居の展示もある

かつて清渓川にあった高速道路。展示してあった写真より

ビョンミリ博士

 

ソウル視察報告1
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