まちづくりの秘訣は焼酎  ソウルのまちづくり・視察報告(1)

soul01 ソウルを訪れ清渓川(チョンゲチョン川)と北村(ブッチョン)について視察をしてきた。清渓川は、都市の中の高速道路を取り壊し生態系豊かな清流を復活したプロジェクト。ブッチョンは、古民家など歴史的な風景を残してのまちの再生事業が行われた地域で、どちらもまちづくりがテーマだ。
 今回の視察は現地を訪れるだけではなく、ソウルのまちづくりの概略についてを国立ソウル産業大学校教授のチョンソク先生から。清渓川再生について、行政側の観点をソウル市政開発研究院のビョンミリ博士から。そして、清渓川と北村について、市民側の観点からソウルのNGO「都市連帯」の金ウンヒ事務局長から話を伺ってきた。立場が違うことで日本で事前に調べていたこととは違う見解を多々聞くことができた。


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■90年代に始まったまちづくりと市民運動

 ソウルでのまちづくりや市民運動は、チョンソク先生によれば、90年代の半ばごろから急速に動き出したのだという。韓国の市民運動といえば、1970年頃から始まったセマウル運動を思い浮かべるが、チョンソク先生は、官僚主導であり本来の市民運動ではなく90年代が真の始まりだとされていた。
 そのきっかけになったのは、日本でも報道されていた94年に手抜き工事のため聖水大橋が崩壊し、通行中の乗用車などが巻き込まれ32人が死亡した事件や三豊百貨店が崩壊し、死者502人を出す大惨事を起きたことだという。さらに、94年は首都600周年であったこと。21世紀が近づいていたこと。そして、80年代までの政治活動が中心だった市民運動の関心が地域やまちづくりへと向かったことなどが背景にあると話されていた。
soul02 また、1960年代に作られた市内の建築物の建て替え時期にあたっていること。密集地域の再開発がソウルの大きな課題になっていることも背景にはあるそうだ。

 自治体もこの頃からまちづくりへの関心を示すようになり、日本でいう「まちづくり条例」の制定や「まちづくりセンター」を設置する自治体も出てきた。そして、計画段階の初期段階からの市民の意見を聞く市民参加(主民参加と表現されていた)の流れが生まれ「Soeul Human Town」という構想へとつながり、清渓川の再生と北村のまちづくりへに結びついているとされていた。

■ニュータウンからまちづくりへ

 それまでのソウルでは、再開発といえば古い街並みをすべて撤去して新しく作るという「ニュータウン」という手法が主流だったのそうだ。日本では考えられないような手法だが、住民は20年たつといなくなってしまうのがソウルの大きな特徴だそうで、チョンソク先生自身が結婚以来、三回の引越しをしているが、これでも少ないほうだと話されていた。ソウル市民は一箇所に定住するという意識が少ないことから可能な手法ともいえるのだろう。
 北村の場合は、当初は「ニュータウン」で再開発する計画があったそうだが、古い家屋は文化である、と当時の市長が方針を打ち出したことで古い家屋を残してのソウルでは新たな手法としての再開発を行ったとされていた。これは、まちづくりへの関心が高まっていた時代の流れと市民がクォリティ・ライフ=生活の質を考えようになったことも背景にあるとされていた。

■ソウルのまちづくりは、日本よりも進んでいるか

 チョンソク先生によれば、ソウルのまちづくりや市民運動は、清渓川や北村の例を考えれば、急速に進み日本より以上かと思ったが、そうではないとされていた。一時期は進んだが、今は2000年に戻ってしまっているという。時代で言えば日本の70年代と同じかもしれない。福祉も含めてこれからとされていた。

 進まない理由のひとつは、まちづくりを行うことで不動産の価値が上がるので、投機対象としてみられてしまっていること。まちづくりの活性化は、不動産熱が落ち着かないとできない。そしてもうひとつ、最も大きな問題なのが“教育ママ”とされていた。
 ソウルでの大学受験に遅刻しそうになった受験生を警察の車両が送り届ける様子が日本でも報道されているように受験熱は激しく、これがいまや小学生にまで広がっていることから、まちづくりへの関心は高まらないと嘆かれていた。

 とはいえ、高速道路を撤去して清流を復活させたチョンゲチョン川は日本では現実にはなっていない事業だ。古い家屋を残したままのまちを再生している北村のような事業は日本でも行われていることを考えれば、ソウルを見習うことは多いと思う。
 このようなまちづくりが成功した秘訣はどこにあるかとい質問に対してチョンソク先生は、市民と交渉に当たらせた市職員に一定の権限を与えてたこと。そして、市民と焼酎を飲みながら計画づくりをしたこと、と笑いながら話されていた。公式な場だけではなく、市民と職員とが襟を開いて語り合うこと。関係づくりができたことが理由にはあるということだ。そのためには、互いの信頼関係を築けるかがポイントになるのだろう。これは日本でも同じことだ。

soul03 チョンソク先生は、そのためにはまちづくりセンターが重要との認識を示していた。日本にも視察にきているという。武蔵野市では、まだまちづくりセンターが見えていないが早急に考えることが必要だとも思った。
(つづく)

写真は上から
・再生された清渓川
・清渓川は川原を歩くことができる
・北村
・チョンソク先生の説明(ホテルの会議室で伺った。日本語も上手で日本語での解説も交えての話だった。)

(視察は現代都市政策研究会でおこなったもの)

ソウル視察報告2
ソウル視察報告3