菅総理の再選に想う

 菅直人総理が民主党代表選挙で再選した。国会内では、いろいろなことが起きているだろうから、国会議員票では負けるのではと思っていたので票差には驚きだった。とはいえ、再選がゴールではない。これからが真価を問われる。小沢さんへの票は、豪腕を期待していたのだと思う。豪腕でなくともいいが、現状をぶち破らなければ再選の意味はないからだ。



 今回の代表選挙は、最初からバカバカしいと思っていたが、実際の選挙でも、なんだかなぁ状態の選挙だったと思う。政策の議論、未来を選択するのではなく、支持していることがおかしいというような、相手陣営の支持者の人格を疑うような批判が多くあったからだ。候補者よりも選挙の仕方、支持者が何を代表選挙に求めいるのかもよく分からなかった。
 どのような政治、手法を選ぶかはその人の考えであって、その考えは尊重しなければならない。支持を表明したことは、自らの意思を示しただけで批判される筋合いはないはずだ。また、何かができないから悪いやつ、との安易なレッテル付けもあった。あるいは、首相になればきっとやれるという安易な人任せの考えも多かったのではないだろうか。
 最後は政策選択ではなく、お世話になったから、お付き合いが深いからの関係性やとりあえずお願いしますというような“普通”の選挙になっていなかったと疑問を持ってしまった。それが選挙と言われればそれまでもかもしれないが、それでは何も変わらない。今までの政治と同じだ。

 そもそもで言えば、政策の議論を重ねた上でどちらが代表であるほうが、より国民のためになると選択するのが代表選挙だと思っていたが、まったく違う選挙だったようだ。政調をなくしたことが、じつは今回の選挙を生み出したように思えてならない。代表選挙で始めて政策が分かったというのでは選挙自体の意味がなかったのだ。
 もっとも、政策よりも選挙に勝てるようになれ、というのも現実的には分からなくはない。両方のバランスの問題なのだろう。

 今回の代表選挙で、私は当初から菅さんの支持を決めていたが、選挙を通じて思ったのは、政策は別としても小沢さんの存在感は重要であり、その重さは別格だったことだ。豪腕で押し切れとは思わないが、信念、理念を明確にして突き進む姿勢は必要であり、それを分かりやすく伝えることがもっと重要なのだと思う。
 両者を足して2で割った人がいい、という声を聞いたが、そうなのかもしれない。自らに足りない部分を補いながら菅総理には政治を前へと進めて欲しいと思う。人事はこれからのようだが、人事も道具のひとつ。目的を達成するためにうまく使いこなせばいい。官僚も同じだ。脱小沢だけで政治は進まない。脱小沢から“脱”も必要だろう。民主党の国会議員全員の内閣との表現をしていたが、どのように使いこなすか、菅総理の真価は今から問われるのだ。