西部図書館廃館へ 跡地利用で考える市民参加・自治

 9月9日の市議会文教委員会で図書館条例の改正案が審議された。議案は、西部図書館の住所(位置)を武蔵境南口で建設が進められている武蔵野プレイスの住所へ来年の4月から移す、つまり、3月末で西部図書館を廃館するというものだ。
 委員会では、西部図書館が移転拡大するとして改正は理解できるが、跡地利用の考え方に問題がある。歴史資料館では納得ができないとの批判と地域市民の意見を聞くべきだとの委員に対して、否定的な答弁があったことから長時間の休憩(中断)になってしまった。



 委員会では、なぜ集客を目的としない歴史資料館にしなくてはならないのか。歴史資料館を市民が望んでいるのか。西部図書館をそのまま残すことも含め、他の利用方法があるはずだ。何よりも地域の市民意見を聞くべきだとの質問が各委員から出されていた。
 これに対して、第五期基本構想・長期計画の策定のなかでヒアリングはする。公共施設の再配置も含めて市全体で何が最適なのかで判断をする。西部図書館の跡地利用だけについては考えていないという趣旨の答弁があった。そして、第五期基本構想・長期計画の策定は広範囲にわたることから個別についての議論ができるのか。まず、周辺の市民の意見を聞いてから策定をすべきとの私の意見など各委員の意見と答弁が真っ向からぶつかることになり、質疑の後の取り扱い(可否の採決をするか。継続審議にするかどうか)の協議で休憩となった。

 議案は移転をすることが主な目的の条例改正案であり、西部図書館の跡地利用を審議するものではない。だが、ケーススタデイとはいえ、詳細な歴史資料館の計画が出されていることを考えれば、西部図書館周辺の市民意見も聞かないうちに進めてしまうのではないか、との疑問がこの日の審議では払拭されないままだった。というよりも、進めてしまうとも思えてしまう答弁だったのだ。そのため、継続審議としてもう一度、審議したほうがいいのか。あるいは、廃館(移転)を正式に議会で決めた後で市民の意見を聞くように市に求めるべきか。正直、私は判断に迷ってしまった。

 委員会が再開された直後、市長から文教委員会で出された意見を尊重し、西部図書館跡地利用については、今後も議会との議論を続けるとともに周辺市民のご意見も聞くとの発言があった。このことで、議案は賛成多数で可決となった(共産党市議のみ今のままで残すべきとの主張で反対)。市長発言で可決が決まったことになる。
 そして、この採決の後、議案に対しての議会意見として決議案を私から提案。全会一致での可決となった。

 決議文は下記。

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 西部図書館移転後の施設の利用については、周辺市民と話し合いの場を設け、文教委員会での議論を踏まえ市民への還元施設としての目的に沿うよう慎重に進められたい。今後、施設利用については、議会との議論を通じて理解を得られるよう最大限の努力をされたい。
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 現在のままでの西部図書館は来年の3月で廃館(来年7月にオープンするプレイスになる)になる。しかし、その跡の施設をどのように利用するかは、市が想定している歴史資料館を有力として今後の大きな問題になる。

★今回の審議でポイントとなったのは、西部図書館の跡地を歴史資料館にすべきか。跡地利用方法について周辺市民から意見を聞くべきだとの委員会側の意見と個別案件ではなく、市全体として考えるべきとの市の考え方の違いがあったことだ。

 確かに個別案件で市民意見を聞くとなると、あれもこれも欲しいとなり利用方法が決まらない心配はある。その後の行政計画策定が進まなくなるから、あえて聞かないほうがいい。計画をきっちり作ろうと思えば、そう考えてしまうことは理解できなくはない。だが、そもそも誰のために計画を作ると考えてみると、決まらないなら決まらないでいい。決められなかったのは、市民意見がまとまらなかった。現実性がないからだ、などととすればいいのだと思う。

 市としては、跡地利用については、このようなことが想定できる。市民からの意見を反映するとなれば、いくらの事業費がかかる、このような影響もある。議論に時間をかければ、どのような損失がでてくるなど考えられる情報を提供した上で市民に判断を求めればいいのだと思う。市役所や市の事業は市民のために執行されるのであって、その判断する責任は市民にある(市民が判断する代わりとしての代議制の議会がそのためにある)との立場を明確にすればいいと思うからだ。

 とりあえず聞いて、後は何とか考えます、としてしまうことで、市民にも行政側にも不満や不信が残ってしまうのではないか。情報を提供したうえで市民を信用すること、課題を投げかけ議論をすることをもっとすべきだ。

 市民参加や市民自治という言葉がある。市民が勝手に意見を言うことではなく、そこには、判断の責任や決めたことへの責務も出てくること。何が最善なのかを市民も一緒に考えるべきというだと私は考えている。参加すればいい、自治は市へのお任せではないのだ。
 お任せ行政、政治、聞き置くだけ聞いただけから、市民も行政も、当然ながら議会も脱却することが何よりも必要ではないか。西部図書館の跡地利用の議論はその試金石のひとつでもある、と思った。
 
 10日の厚生委員会で、福祉公社と市民社協の移転問題の総括として、参加とコミュニケーションを学んだとの市からの答弁があった。市、両法人が良かれと思って進めたことが市民に納得されないばかりか、そもそものコミュニケーションが不足していたことを露呈したのがこの問題だった。結果的にはいい結論になったと思うが、西部図書館の跡地利用も同じことなのだ。

【参考】
西部所図書館は歴史資料館を想定  検討委から報告