視点としての事業仕分け

7月24日に午前中だけだったが稲城市の事業仕分けを傍聴し、午後は東京財団の『模擬「事業仕分け」研修会』で行われた傍聴者が「判定人」になる様子を見てきた。どちらでも共通して思ったのは、あらためてのそもそも論が重要なことだ。そもそも何ためにやってるいるのかが明確でないことが多くの問題を起こしているように思えた。そして、このことは、行政内部でこそまず議論すべきだということだ。



 模擬事業仕分けは、東京財団が実施している「東京財団週末学校」(市区町村職員人材育成プログラム)のプログラムのひとつとして行われたもの。参加している職員が自らの市の事業を仕分けのテーブルに出し、ほかの自治体職員によって仕分けしてもらうことで、事業仕分けの視点を持つことや事業の説明手法を研修することも目的とされていた。
 また、事業仕分けで最近、採用されている市民判定人方式による模擬判定も行われていた。この方式は、仕分け人が不要や改善を判定するのではなく、公募などで選ばれた判定人が仕分けの議論を聞いたうえで判定するという方式。この日は、傍聴者の判定を先に聞いたうえで職員仕分け人が判定する方式となっていた。

 事業仕分けについては、これまでにも書いているので省くが、『模擬「事業仕分け」研修会』の挨拶や講評で指摘されていたことで重要だと思えたのが、市民、納税者に理解してもらえているか、との視点だった。
 長年やっているから続けているとか、国から補助金が来たからやっている、要望する市民がいるから、だけで納税者全体の理解を得られるかということだ。事業仕分けで不要と判定されても、不要とされた事業の恩恵者だけではなく、恩恵がなくても税金を払っている人が納得すればいいのであって、そのために理解できるように説明できているかが行政、と予算を認めた議会に問われているのだと思う。
 経済が右肩上がりで進み、いつか税収が増えるからなんとかなるとの発想から、限られた財源、しかも、目減りすることが明確になっている現状で、目的もわからないような事業を続けている余裕はない、との認識になるべきなのだ。

 そして、事例として、行政改革を進めていたのに事業仕分けでさまざまな指摘があった。そのため、行政内部で行政仕分けの視点で事業を見直すことにしている。行政のトップからそもそもの目的、説明できることかなどを常に問うようになったという草加市の例が紹介されていた。実際の様子は分からないが、本来であれば仕分けをされる前に内部で行うことのほうが無駄は少ないはずだ。行政側からいえば、仕分けとは言わないまでも、検証や精査は常にやっていますというだろうが、そのそもそも視点がどこになるか。市民・納税者に理解されているかが今は問われているのだと思う。結果が見えてない、伝わっていないのでは意味が薄いことになるからだ。
 そのうえで、行政部だけの判定ではなく、議会や市民・納税者が議論のうえ判定していくことで、自治体が良くなっていくのではないだろうか。行政、あるいは行政トップだけ、議会だけ、市民だけではなくそれぞれの考え方をオープンにして議論する場が今からの時代だからこそ必要なのだと思う。
 限られた財源の取り合いではなく、どうすれば多くが納得できるように使えるかが問われているのだ。ブラックボックスのなかでいつの間にか決まっていたという仕組み。それでもいいやと思う市民からの脱却も必要なのだと思う。そのためのきっかけ、視点として事業仕分けは大きな意味を持つことも改めて思った一日だった。

 このところ事業仕分け三昧な日々だが、7月31日と8月1日は相模原市でも事業仕分けが行われる。ご興味のある方は、ぜひお出かけください。
 

【参考】
構想日本 事業仕分け