基本構想・長期計画への市民会議設置

 第五期基本構想・長期計画の策定へむけて公募市民による市民会議「武蔵野市の将来を考える市民会議」が設置された。メンバーは10名。7月26日に初会合が行われるが、少し気になることがある。



 市民会議は、基本構想・長期計画の策定にあたって幅広い意見や価値観を有する市民の意見を反映させるためのもの。市報などで公募が行われ応募者のなかから選ばれた人で構成される。

 公募市民による会議には期待をしているし、もっと多くの分野で行われるべきだと思っている。だが、今回の市民会議には、どうなんだろう? との気持ちがある。

 そのひとつは、会議の日程が7月から9月までの5回程度しか設定されていないことだ。武蔵野市の未来を5回の会議で何らかの形になるのだろうか、たんにやりましたというアリバイ作りになってしまわないかと思えてしまうからだ。また、この市民会議のほかに、無策抽出による市民のワークショップや地区別市民会議(意見交換会)や関係団体による会議が今後、行われる予定だが、同じ市民の会議同士の住み分けが、いまひとつ明確ではないように思えるていることもある。

 これらのことについて、6月議会の一般質問で市長に質問をしているのだが、その時の答弁では、市民会議や他のワークショップについては、行政としては必要最小限の枠組みを考えているだけ。参加者の意向によっては変わることも想定しているとしていた。
 確かに会議の議論の中身や委員の意向もあるだろうから、こうでなくてはならないと決める必要はないとは思う。議論の中で時間がもっと必要となれば、柔軟に考えてもいいということだと思う。ワークショップなども含めて、全ては市民しだいということだろうか。

 もうひとつは、この市民会議への応募者数が20名であったことだ。
 先の調整計画では、多くの応募があり約100名による市民会議が設置されていたことを考えると、この人数の落差は何だろうと思う。前回は市長が変わったばかりという状況もあり関心が高かったのかもしれないが、今回は調整計画ではなく10年を考える基本構想なのに、どうなんだ、と思ってしまった。
 それだけ、武蔵野市に課題がない、満足している、行政に市民の意見が常に伝わっているというのならいいことだが、市民会議方式への関心が低くなった、あきらめが広がったのだろうか。まだどうなるか分からないが、市民参加の根本的な考え方を考える必要もでてくるかもしれない。

 今、この時点で何がどうなるとの話しにはならないが、市民会議に期待をしている反面、気になったことだ。