事業仕分けと議会

7月22日に開催された民主党東京フォーラム研修会で伊藤伸内閣府行政刷新会議事務局参事官による事業仕分けの成果について伺った。事業仕分けについては、これまでにも伺っているので目新しいことはないのだが、あらためて思うのは、外部の目で検証すること。そして、何ためなのかというそもそもの原点に戻って事業を議論する重要性だった。議会がどう仕分けに向き合うべきかの指摘もあった。



■仕分けはツール

 伊藤参事官は事業仕分けを開発した構想日本のスタッフ。現在は国会公務員との立場で政府が行う事業仕分けを担当している。伊藤参事官が事業仕分けについて強調していたのは、予算削減だけを目的にしていない。ツールであり、使い方は自治体によって違うということ。予算削減がもっとも分かりやすい成果だが、組織や制度を変えるための洗い出しとしても使われていることだった。
 そのためには、目的は違ったとしても、ゼロベースの議論をおこなうために外部の視点を入れることが重要になる。たとえば補助金を仕分けするさいには、内部(役所や議会)では支出している団体や個人の顔が見えてしまい、団体や個人の利益ではなく自治体の全体利益になっているかを客観的に議論するのは難しい。審議会で行ったとしても、委員を選ぶのは行政であり、こういう結論に持って行きたいとの恣意が出てしまう。外部の評価ではない。お手盛りになりがちで大きな間違いだ。国で行う時も構想日本で選んだ人が仕分け人になっていると話されていた。

■長年やっていることと重要は違う

 仕分けをすると、経緯を知らない人には分からないとの批判や事業の説明で長年の経緯があるからと説明されるが、長年やっているからと重要とは違うものだ。経験から言えることは、長年やっている事業ほど目的がずれてしまい対象が違っていることが多く、最も見直しの対象になる。補助金があるからやっているとの説明も多いが、では補助金がなくなったからやるのかだろうか。もらっているでは理由にならない。そもそも必要なのかで判断をすべきだ。
 このことは、国が補助金をくれるから考えるのではなく、地域にとってどこまで必要なのかを考えなくてはならない。これは地域主権の土壌になるものとされていた。

■査定は新規事業だけ

 興味深かったのは、国の仕分けしていて分かったこととして、事業の査定は財務が行うが、ほとんど新規事業しか査定していないということだった。これは自治体でも、議会でも同じ。新規事業ははやってみないと分からないもので、今、やっている事業のほうが問題が多い。財務省の主計局も同じで、なぜ10年もやっているのか誰も分からないのが実情だとの指摘だった。確かに新規事業に目が奪われてしまいがちだが、ずるずると続けてしまうことで目的も分からなくなることが多く、結果として既得権になり、なくすことも改善することも難しくなるケースはあると思う。そもそもに立ち戻り考えること必要だろう。

 自治体での仕分けには、他の自治体の職員が仕分け人となることが多いが、それは失敗している事例や細かい事例、行政職員でなければ分からないことも仕分けでは議論の対象にできるからだ。このこともあり、国の仕分けも自治体職員にはいってもらった。また、現場の人間が参加することも重要だ。官僚は予算を付けるまでは一生懸命だが、付けたあとは調査をしていないが多く、現場では実際に使われていないことも多いのだそうだ。

 行政内部だけで考えていると、実際に有効に使われているのか分からなくなる。井の中の蛙状態になるということだろう。他の自治体職員や現場の人に検証してもらう、つまりは当事者であり外部の目で再検証することが何も重要ということだ。行政部でしっかり検証しているから大丈夫という意見を聞くことがあるが、何事も万能ではないことを自覚してみることも必要なのだ。

■一番でなくてもいい理由

 さて、事業仕分けというとマスコミで報道され注目した言葉に、なぜ一番でなくてはならないのか、とのフレーズだ。国の事業仕分けでスパンコンを議論していた時の言葉だが、これは、2時間の議論のなかの5秒だけのフレーズであり議論全体を見てもらえればその意味が分かる。仕分けの議論では、1位をとってもすぐに抜かれる世界で開発の成果をどのように活用するかが考えられていなかった。1位になることしか考えておらず、開発した技術の汎用性を考えていないから民間企業も撤退していた。そのような税金の使い方でいいのかとの議論のなかでのたった5秒のフレーズでしかない。このことだけを報道するマスコミやこれだけのことから仕分け反対と声を上げるような人たちは愚の骨頂だ。
 このこともあり事業仕分けの課題には、事実をどのように伝えるかがある。そのため、あの議論をネットで流しているが、これを見た人からは伝えられていることは間違っていると判断してくれている。報道とは何が正しいのか。事実を知ることが重要だ、との話もあった。

■市民要望には税金がかかる

 議論を公開することは、過程や結論が導かれる道筋が納税者への説明になるからとの話もあった。公開の場で行うことで行政には出しにくい情報もあるが、それでは説明にならない。多くの人が見ているとおかしなことを役人も言えなくなるので公開処刑とも言われるが、見ている人、つまり市民の税金が実際にどのように使われるか分かることになるのが仕分けだ。仕分けが行われるまでは、行政や政治の責任にしてきたが、どれだけの税金を使われているかが市民=納税者が分かることにもつながり、何よりも市民要望には税金がかかることが明確になることでもある。このことは、市民が自ら主体を持って考えられるようになることにもなるものだ。だから議論をしている場を見せる必要がある、とされていた。

■議会の仕事

 そして、事業仕分けでは、政策論はやらない。それは議会でやるべきこと。市の方針に基づいて事業をやっているのか。目的にあったことをしているかで判断をする。結果を元に行政で判断してもらって改善してもらえればいい。結論の活用の仕方は議会や行政の仕事だ、とされていた。

 事業仕分けは、本来は議会の役割。しかし、全部の事業を仕分けできるか、情報を持つことができるかと考えれば、最終的に判断することが仕事になる。仕分けの結果をどのように生かすかが求められている。例えば、京都府では、仕分けする事業を決め仕分け人は外部が行い、その結果を議員が議論したとの例もあるとされていた。

★仕分けの説明で強調されていることは、仕分けの結果は結論ではないということだ。この結果を元に市の方針を改め、最終的に議会が予算や決算で結論を出すということになる。生かすも殺すも議会しだいということだろう。税金の使い道、使った後に議会がどれだけ関心が持てるのか、持っているのかも問われるのかもしれない。議会こそが、このツールをもっと使ってもいいのだと思う。