政権交代で市民意識も交代を                    くしぶち万里さんの話で思うこと

 昨年の総選挙で民主党の衆議院議員となったくしぶち万里さんの話を伺った。くしぶちさんは、ピースボートの元事務局長。市民運動から政治の世界に入った人だ。なぜ、政治なのか。そして、最近は動きが見えないが民主党や国会のなかでの憲法がどのように議論をされているかを伺った。

 結論から言えば、民主党内部で憲法についての議論は大きくは進んでいないようだ。しかし、くしぶちさんの、なぜ政治にかかわるのかの話を伺っていると憲法の改正や国民投票法などへ対応も含め、今後の市民運動の大きなヒントがあったように思う。


 くしぶちさんのお話は、むさしの憲法市民フォーラムでの講演で伺ったもの。政権交代で憲法の改正を含めて、どのような議論が民主党内部で行われているかを伺うために企画されたものだ。

 くしぶちさんがピースボートの活動にかかわるようになったのは、湾岸戦争のときから。船で世界を一周しているさい、湾岸戦争がおこなれている地域に近づき、爆弾を落とす戦闘機が飛ぶ姿をリアルにみたこと。ギリシャやアラブのニュースを現地で見ていると日本での報道とは違うこと。さらに世界を回ってみると、日本が病んでいることを痛感したこと。戦が終わり世界の価値観が変わり、新しい社会を作り始めているに日本には変化がない。そして、貧富の差が広がっていることなどが政治にかかわるようになったきっかけと話されていた。

 そのなかでも経済協力開発機構(OECD)加盟25カ国の15歳を対象として孤独感を感じるかとのアンケートをユニセフが行ったが、日本が29.4%と突出していたことに衝撃を受けている(2位アイスランド;10.3%、3位フランス:6.4%、4位イギリス:5.4%)。発展途上国ではコミュニティや家族の絆を持っており、経済は発展した一方で日本の心の荒廃がここまでひどいとは思わなかった。他の国に比べても子どもの笑顔が違う。人と人とのつながりをどうするかが課題だ。さらに、日本が先進国のなかで年間3万人もの人が自殺する自殺大国であること。平和国家なのに湾岸戦争の犠牲者よりも自ら命を絶っている人の数のほうが多いことにもショックを受けた。

 これらの問題がどこからくるかといえば、政治の責任だ。世界へ17年間出ていたが、その間に新自由主義が広がり、搾取が行われ貧困が広がっていた。これは政府も経済学者も知っていたはず。ダボス会議(世界経済フォーラム)の一方で世界社会フォーラムが開催され新自由主義経済での犠牲者側が集まり事例を発信してきたが日本のメディアは知っていたはずだがほとんど知らせてこなかった。

 このような経済と貧困は、日本の病であり憲法にも関係する。例えば、仕事のない若者が増えれば、紛争につながるのでないか。今の若者にとって戦争は決して遠くないと実感している。特にピースボートに来る若者は、実感していると思う。これからは、増える若者の失業率、貧困対策どうして行くかが大きな問題だ。これまで若者に社会保障をしてこなかったために高齢者の問題と同じに急を要している。
 思い出されるのは、あるアメリカ兵の言葉。なぜ兵になったかといえば、愛国心だけではなく、貧困のなかで人生の目的がない、金もないなかで軍隊にリクルートされたからだと話していたこと。アメリカでは、タイムズスクエアの中に軍隊のリクルートセンターがある。日本でも渋谷にできたことをどう考えるか。
 国内の貧困が安全保障に関係するのではないか。そして、平和憲法を守るにはどうすればいいか、市民は考えるべきだ。

 新政権で憲法は議論していないが、まずは格差や貧困を考えるべき。憲法で保障された健康で文化的な生活をできるようにするべき。本やリクレーションなどへ最低限の保障を政府がするべきで新政権が行う必要があると思う。
 今後は、今までの政権は貧困率など情報を出してこなかったが、新政権では違う。今までの市民運動は、声を上げても届いているのか分らない。自己満足であったことも多い。新政権になって市民が取り組んできたことをどれだけ反映できるかが問われている。憲法9条で言えば、9条と安全保障をどうやって市民からのの提案として政策のテーブルに載せられるかが問われると思う。

 昨年の5月、9条世界会議に行った。41の国から200人ほどが集まり、武力がなく平和を作れるか。軍事力に頼らない平和が議論されたが、この会議で学んだこと、特に紛争地域から言われたことは、9条の存在が非暴力で行動する原理になる、紛争地域の希望になると紛争地域の人から言われた。武力ではなく平和的手段で解決することは、紛争を生む原因を除去することへ不断な努力を要することだ。
 貧困や暴力へ日々何をしているかが問われる。沖縄や北朝鮮の問題についても憲法の理念にそった安全保障が可能か、今後、政権にも国民にも問われてくるだろう。新しい課題を解決をするのは政府だけでは無理。大臣発言についても官僚組織からの反発も多い。ささえるのは市民であり世論。その仕組みづくりをしたい。そのため、研究者やNGOの情報ともつながっていくべき、と話されていた。

★講演の後、会場との質疑、意見交換があったが、興味深かったのは、なぜ民主党なのかという質問だった。ピーズボートといえば、社民党の辻元清美(くしぶちさんの前の事務局長)さんをすぐに思い浮かべてしまい、経歴を考えれば社民党のほうがいいので、と素朴な疑問は私にもあったからだ。
 答えは、辻本さんとは課題によっては連絡をしているば別行動をしている。民主党を選択したのは、政治参加を考えたのが、さきがけの環境政策などで共鳴をしていたことがきっかけだったこと。冷静後に日本をどう変えるか、新しい政党として共鳴していたから。何よりも、病んでいる日本にはまずは政権交代が必要と思った。民主党の中にも同じ思いの議員もいるとされていた。

 このことは私も共感できる。ある程度の集団になれば、まったく同じ想いの人だけで集団が成り立つとは思わない。政党となればなおさらだろう。目的のために、妥協するところは最善で妥協することも必要だと思うからだ。少数で正論だけを言っていても、世論には結びつくことが困難であるし、何よりも多くの人に理解してもらうには、同じ想いに近い人から納得してもらうことがまず必要と思うからだ。

 もうひとつ、くしぶちさんの話を聞いていて同感したのは、市民も変わらなくてはということ。政治には55年体制というのがあったが、このことを単純に理解すると、政治的な主流の自民党に対して社会党などの野党がとりあえず反対などの批判を行ったり運動を行うことで、何かしらの利益を得るという図式があったと思う。それが、長く日本の政治的な特徴だったのかもしれないが、今は政権交代が現実なものとなり、それまでの批判勢力が政治の主流となったこと。このことは、反対だけしていれば何かの利益を得られるという構図が崩れ去ったことになると思うからだ。

 物事を決めていくには、制度や財政も含めてさまざまな現実的な課題をどのように解決していくかが問われている。情報が公開されることが前提だが、反対だけでははなく、何をどのように現実的にすればいいのか最善なのか。理想だけを口にしていても解決にはならない。少しでも現状から良くするための方策を具体的に示すことが、それまでは反対と叫んでいた市民にも問われる時代になったのだと思う。

 憲法の改正問題も反対だけではなく、具体的にどのようにすることで安全保障になるのかが、9条を反対している人にも問われることになる。政権交代は、価値観、運動、そして、どのようにして市民が政策にかかわっていくかも転換する非常に大きなできごとだと改めて思った。国会の議論は、そこまではなっていないようだが。

 話は変わるが、国よりも先に「政権交代」があったのが武蔵野市だ。いつまでも反対、守れだけでは、何も生まれない。市民も変わらなくてはならない。このことに気が付いているのか、とくしぶちさんのお話を伺っていて思ってしまった。“55年体制”は武蔵野市ではとっくに終わっているのだ。