公共事業の目的

 1月9日に保坂展人前衆議院議員から「公共事業チェックの会の活動から見えたこと」というテーマで話を伺った。やんば(八ッ場)ダムについてのお話が多かったが、外環道路も含めて、今後の公共工事自体の本当の目的を考えすべきではないかと思った。


 保坂さんのお話は、むさしの地区外環問題協議会で行っている道路学習会で伺ったもの。外環だけでなく、主に公共事業全体で何が起きているかを、公共事業チェック議員の会が立ち上がったきっかけとなった94年の長良川河口堰の問題や諫早湾の問題なども含めての内容だった。

 ■やんばダム 凍結はされていない

 そのなかでも中心となっていたのはやんばダムの問題だった。保坂さんは、やんばダムは凍結だと思っている人が多いが、実は止まっていない。凍結とされているのはダムの本体工事だけであり、周辺の道路など関連工事は今でも続いている。そもそも、本体工事は全事業費の10分の1ぐらいでしかない。十字架のような観光シンボルとなっている橋の工事も続いている。あの橋の高さは約100mもある。ダムが必要ないのであれば、もっと低く作ることで事業費を減らせるはずだ。

 橋は上流側にも作っており、他にも予定されている。ダムが必要ないのならやるべきでない。財源を考えると本体は作らないとするのであれば、周辺を作っていることはおかしなことだ。周辺を作ってしまったから本体をつくろうになりかねない。
 やんばダムをどうするかは、一度決めたことはやり続けるという今の道路、ダム行政を立ち止まって引き返そうとの政治判断だったはずだ、と現状についての疑問を投げかけていた。

 ■毒水を飲料にすべきか

 そもそも、ダムが建設されている吾妻川の上流には嬬恋や草津などの農地、観光地がある。普通のダムは人が住んでいない場所に作るもので、生活排水 肥料がはいるような水質で作るべきものか。さらに浅間山や白根山の火山地帯、明治の頃から鉱山があり酸性の水が流れてくる。地元の人は毒水と言って川の水はのんでいない。釘はさびる コンクリートも溶かしてしまう。いつかは崩壊するはずと反対派からはダムになじまないとも反対されてきた川の水だ。

 この川の水を東京オリンピックの頃から石灰を入れて中和している。しかし、中和した後の石灰生成物をためるためのダムを作っているが、堆積物でほとんどが埋まっている。ダムの水の色もこの世とは思えない色になっている。堆積物は浚渫し山に戻しているが、産業廃棄物であるのに遮蔽シートも張らないような状況で水の浄化も行わず野積み状態。染み出た出た水は、国の説明ではダムに戻るから大丈夫としているが、そうするとダムの砒素の濃度が高くなっていくはずだが、本当のデータは出てきていない。さらに、なかなか出さないこのダムの事業報告書を入手し確かめたところ、審議会での議論で結果として砒素調整ダムになったのはないかとの問題点が指摘されていたり、堆積物でたまっているため、堆積物を巻き上げて放流しているとの報告書も書いてあった。
 この中和は止めることができない。今後も続けることになる。その水を飲料水にしなければならないのか。

 他にも問題はある。現地は浅間山の噴火でできた地層で地層は不安定。土砂くずれが多発している地域だ。さらに、噴火の問題もある。ダムは200年に一度の洪水に備えるとしているが、200年前に浅間山は噴火しておりダムよりも高い泥流が流れた。噴火が起きたらダムはどうなるかなどの建設自体が許されて良いのかとの問題も投げかけていた。

 ■政治ダム

  保坂さんの話では、公共工事が誰のためにあるのかを考えるべきとの指摘があった。
 たとえば、東京などの飲料水が必要なら、尾瀬の入り口に戸倉ダムの計画もあった。ここであれば、土地は東京電力がほとんどを所有しており水没する家屋はゼロだった。事業費は抑えられ水質もいい。それなのに戸倉ダムではなく、なぜやんばダムにしたのか。
 その理由には、公式には埼玉県や東京都は水が余っているからと説明されており、ダムを作る時代ではないと上田知事が発言しているほどだった。しかし、本当は工事が続けられるからだ、工事を続けることが目的だったからだ。

 ダムが完成してしまうと地元の陳情を受けて事業を持ってくるという政治家のうまみがない。口も出せなくなる。建設会社の利益もでない、官僚の天下り先や権力を示すこともしにくい。つまり、安くすぐにできてしまう公共工事ではうまみがない。翻弄された住民は困るが、政治家や建設会社、官僚は困らない。やんばダムの地元から四代の総理がでており政治ダムともいえる、と指摘していた。

 ■修繕型の公共事業

 そのうえで前原大臣は、生活再建費用を予算にいれているが、これは間違っている。本当の生活を考えるべきだ。現状の公共工事は、土木事業でしかお金がでない仕組みになっている。基金を作り地域再生にすることや介護、子ども、農業などには使えないことのほうが問題だ。
 また、公共事業が悪いのではない。地方都市はどこもダメになっているおり、地方の経済を支えているのは公共工事でもある。しかし、一斉に介護、農業などにいく仕組みがない。なによりも、トンネルを作った、橋を作ったなど自慢する政治家、官僚はいてもトンネルや橋の修繕を自慢する政治家はいない。新たに作るのではなく、修繕型公共事業も必用ではないか。ガス管の交換などインフラ再整備は地方ではできない。政治の役割でないか。

 道路でも、たとえば東九州自動車道では、国が示した工事よりも事業費を半額以下にできる設計を地元の素人の人が考え出している。これからの公共工事を考えるさい、反対だけするのではなく、こうすれば半額になるという提案も必要だろう。協議するという姿勢が必要だ、との見解も示されていた。

 

 ■外環道路の費用対効果 地上部も入れての想定だった

★ 保坂さんのお話のなかで外環道路について注目すべきことがあった。それは、費用対効果、B/Cが2.9と高いから外環道路を建設すべきだ、との理屈になっているが、国会で質問をしたところ、この数字は、外環ノ2、地上部も入れて想定されてるとの答弁があったことだ。
 この答弁どおりであるとすれば、外環ノ2を廃止するとなれば、本線の費用対効果は変わってしまうことになり、必要度が高いのかとの議論に戻ることになる。逆に何よりも、外環ノ2を作ることが前提で本線を進めていたことにもなってしまうからだ。
 B/C自体が本当にあっているかも分からないが、結局は、住民のためではなく作りたいから作る。作りたい人のために作るにならないか、新たな疑問となる答弁だと思う。このことは調べてみたい。

 保坂さんのお話は、なぜ公共事業にお金がかかるのか、続けることに意味があり、それは住民や納税の者のために行われていないのではない、ということに集約されると思った。やんばダムもそうだが、いつの間にか、工期が延び、事業費が膨らむもの保坂さんが指摘したことが裏の背景にはあるのかもしれない。

 ■本当の目的

 本当の目的は何か。そのための最善方法は何かをさまざまな立場から検討すること。反対側の立場の意見も考えて協議していくことが、今の時代だからこそ求められていると思った。地方自治体の事業も、本当の目的は何か、目指すことはどのような姿で、その姿を実現するために事業が何を担うのか。費用も含めて分かりやすくすることが重要だと改めて思った。外環道路の本当の目的は何かを改めて考えてみる必要がありそうだ。
 保坂さんが、どこまで道路をつくればいいのか、東京都にビジョンがないことが問題ではないか。とにかく作れでしかないのでは、との意見ももっともだと思う。

【追記】
外環道路については、武蔵野地区のオープンハウスが開催される。
 ○日時 1月29日(金)の16:00~20:00に
 ○開催場所  吉祥寺南町コミュニティーセンター(武蔵野市吉祥寺南町3-13-1)

 チラシはここ

【参考】
八ッ場ダム工事事務所
八ッ場 あしたの会