成人式

 武蔵野市で行われた成人式「未来をひらくはたちのつどい」をみてきた。この日の様子では、マスコミで報道されているような”荒れ”は武蔵野市ではないように思え、式はとどこおりなく新成人を祝えたと思えた。しかし、派手な振袖姿とは対照的に気になることもあった。



 成人式に出かけたのは、私の子どもが成人式に出席するので“足代わり”に使われたのが理由だ。親ばかかもしれないが、これで子離れをするいい儀式かもしれないとも思った。そのことよりも、私の子だけではなく乳幼児の頃から知っている地域の子どもたちの晴れ姿に出会えたことが感慨深い。声をかけられても、一瞬、誰か分からないほどだった。特に女子は振袖姿ばかりで、その姿には綺麗というよりもまぶしさを覚えたほどだった。
 
 その一方で気になったのは、出席したくても出席できない新成人がいるのではないか、ということだ。
 振袖姿は、確かにすばらしく、日本の伝統文化を再認識することにもなるし、着飾りたい気持ちも分かる。しかし、その費用は馬鹿にはできないからだ。レンタルでさえン十万、振袖を譲ってもらったとしても着付けや美容院の費用はかかってしまう。昨今の景気、家庭の経済状況で成人式に出たくても振袖が着れないからと諦めている新成人がいないのだろうか。ほとんどの女子が振袖姿であったように思え、着飾ることができる新成人だけが参加できる式になっていないのだろうかと思えたからだ。実際にはどうなのか、知ることはできていないのだが、華やかな姿に感心しながらも気になってしまった。
 
 自分自身の成人式の時は、“お上”が用意したような儀式に出でやるものか、と若い思いから参加しなかったが、今の成人式は、成人を祝うというよりも、中学時代の同窓会との意味合いが強いようだ。聞けば、中三の時の学級委員が、この日に行われる同窓の飲み会の幹事をすることになっているだという。昔の仲間が集まる場としての成人式も悪くないなと思う。
 また、武蔵野市の成人式は、儀式だけではなく、12名の実行委員(昨年は6名)が企画・運営に参画しているのが特徴で、派手さはないものの身の丈にあったような式だなと好感を覚えた。
 まずは、全ての新成人の門出を祝福したい。