ブログ市長の戦い方と情熱

  ブログを選挙期間中に更新したり市職員の個人が特定できる給与額の公開、ブログ上で「辞めてもらいたい議員は誰?」のアンケートを実施するなど“過激な行動”で知られ、議会や職員との対立が注目されている竹原信一鹿児島県阿久根市長が東京で行った講演の内容がyoutubeで公開された。
 東京での講演は、主に議会がテーマ。竹原市長の行動には賛否の意見が常に対立するが、市長から議員定数削減条例を提出し不信任決議をあえて出させて議会を解散させたことは「市民を変える作業だ」との主張には、耳を傾けてみるべきだろう。


講演は、開かれた議会をめざす会の主催。7月18日に新宿区で開催された。内容は、テキストではすでに公開されているので概略は分かるが動画であらためて聞いてみると、よりリアルに竹原市長の人となりや主張が伝わると思う。
 まずはご覧ください。



■戦って破壊するしかない

・『議員は市民のために議員をやっているのではなく、純粋に自分の暮らしのために議員をやっている。だから議会は何の力もない。“開かれた議会”をめざす議員は少数で常に多数決で押し切られている』

・議員定数を16人から6人にする条例改正を市長案として提出したのは、議会への挑発であり、不信任案を出させて議会を解散させるためにやったこと。『議員を入れ替えないとどうしようもない』。このことの意図は、『6人でも多すぎるという感じを市民の皆さんに知っていただく』ことであり、『議会を変えるのではなく、市民の皆さんを変えること。市民が変わらなければ何も変わらないのです』。

・『改革を求めているはずの市民が一番の抵抗者なのです。そこを変えなくてはならない。原因は本当のことを知らなかったり、自分の目の前の欲に惹かれている』

・『戦って破壊するしかない』

・『阿久根がひどいと言われましたが、自分のところを知っていないのではありませんか? 阿久根は良くなり始めたのです』

・『職員は叩いてはいません。悪いことをやってはならないということだけです。頑張るか頑張らないかは給料の問題ではないのです。人間が頑張るのは飴をもらうからだの考えの原点が違う。公務員たるもの、市民が喜ぶこと。繁栄することを自分の喜びにしなければならない。それがすべてで良いと思いますよ』

 などなどの発言が収録されている。

■議会との対立は避けない

 講演のなかで司会者から、議会と対立すると予算の否決で対抗されてしまうのはないかとの疑問が投げかけられた。答えは、自分たちの給料が入っているのだから、部分的には反対できてもトータルとして反対はできない、としていた。このことには考えさせらてしまう。それでも否決する議会はあるからだ。

 また、議会と対立すると人事への同意が得られず、副市長や教育長を任命できなくなるが、副市長は、新たに採用した人を企画課長として職務にあたらせている。
 教育長については「教育長不在の場合は教育総務課長が代行する」との規約から他の自治体で教育長をしていた人を新たに採用して教育総務課長として迎え入れ実務を行わせているなど通常では考えられないようなことも行っているが、このことについては、会社経営の感覚でやっている。最初から議会は賛成する気はないわけで、それで諦めては会社だったらできないではつぶれてしまう。だからできることを行った、と話されていた。

 議会側とすれば、許されないことと思うが、目的を達成することが第一という会社経営の考え方と言われてしまうと、その意味も分からなくはない。人事を決めることが目的ではなく、結果的に市民のためになれば良いだと考えれば、議会の議決は何なのだろうと思ってしまう。

■敵は自分 

 竹原市長の講演内容は、映像をご覧いただきたいが、私には『敵は自分』という言葉がもっとも心に残った。
 議員や改革派の人たちも肝心なところを避けて別のところでやるから、結局は成果がでない。議員も市長もどこに弱みがあるが、内側に向かって確認しなければならない。外の敵ではなく政治家は自分のハート、心の中をチェックする。敵は自分、と話されていたのだ。

 とかく流され、ことなかれになりがち。そこを突き抜けるには、自分自身の臆病さを確認して実行することなのだと思う。それができないことには、それこそ意味がないのだ。
 この講演会の後、有志での飲み会などで竹原市長と話をさせたいただいたが、考えていることはごく普通のことだと思った。ただ、信じていることを突き進めようとしてに過ぎないのだろう。

■政治家に必要なのは情熱

 マックス・ウエーバーは著書『職業としての政治 職業としての学問』のなかで、政治家に必要なのは「情熱」「責任感」「判断力」の三つだとしている。

 竹原市長の手法に批判の声は多い。しかし、それを気にせずあの手この手でやろうとする「情熱」。議会を解散させ、不信任決議を出させてまで実行しなくてはならない「責任感」。そして、職員の“降格人事”(竹原市長は降格ではないとしている)など議会や役所という狭い社会では軋轢を生むことになるが自ら正しいと信じる「判断力」。竹原市長の手法をすべて肯定できると私は思わないが、何よりもすべての原動力となる情熱には何よりも驚かされた。

 昨今の政治にかけているもの。それは、何をしたい、しなければならないという情熱ではないだろうか。有権者は、政治に現実だけではなく夢を求めていると思う。そこに応えることも必要だと思う。

 情熱。私も含め、今の武蔵野市政にも必要ではないかとも思った。

【参考】
阿久根市役所 市長の部屋
さるさる日記 – 住民至上主義 (竹原市長の個人ブログ)
産経ニュース 【選挙】“ブログ市長”竹原氏が再選 鹿児島・阿久根市長選