日本の未来を選択しよう

定食屋でお昼ご飯を食べるときに、A定食にするか、B定食にするか、C定食にするか迷うことはないだろうか。

どのメニューが良いかは、そのときの体調や懐具合などを判断材料にして自ら判断して注文することになると思う。失敗したくなければ、材料や調理方法、昨日までのその定食屋がどのような料理を出してきたか。今までうまかったのかどうかも含めて考えるべきだろう。シェフの腕や素材まで吟味して判断してもいい。そして、運ばれてきた定食がうまければ納得。不味い、あるいは口に合わないと思えば次には違う定食を頼めばいい。できれば、シェフに不味かったと指摘して。

選挙とは本来そういうものではないだろうか。



衆議院が解散し、実質的な総選挙へと突入した。政権選択であり、首相を有権者が選べる選挙でもある。

選挙とはこれからの任期で政党、国会議員となりたい人が何をするのか。やることを納得できるように示し、約束し信任を受けることではないだろうか。人気投票でもなく、雰囲気でもなく、誰かに頼まれた、自分の業界に有利だからではなく、最長4年間となる衆議院がどのような方向に進むのかを有権者が判断する。

つまりは、政党のマニフェスト(定食)を見比べて、どのマニフェストが良いかを有権者が判断し、国の進むべき方向を有権者が判断(注文)することが選挙だと思う。

マニフェストが作れない、あるいは同じ政党でも違うマニフェストを作るというのであれば、それこそ失格だ。シェフの気まぐれ料理を頼むような余裕は、今の日本にはないはずだからだ。

各党のマニフェストは出そろっていないので、今の時点で判断はできないと思うが、前回のマニフェストがどのように進捗しているのかも判断材料になると思う。その評価も重要だ。

2005年の自民党のマニフェスト(政権公約2005)によると、『郵政民営化こそすべての改革の本丸。小泉改革は、自民党が国民の皆さんとかわした約束。だから、かならず成し遂げます』としている。しかし、現状は賛成ではなかったという首相が政権を担っているのだ。約束を守れるのかどうかも判断材料にすべきだろう。

日本の未来を選択する。お願いやしがらみ、損得で判断するのではなく判断する。ダメなら、不味いと言って取り替えればいい。それが、今回の総選挙だと思う。どの政党が良いかは、あえて言わないけど。