図書館は地域に貢献しているか

6月25日に「武蔵野プレイスを考える」(主催・武蔵野市NPO・市民活動ネットワーク)にが開催された。武蔵野プレイスの建設が始まっているが、肝心の中身が未だはっきりしないなかで、その中身についてを考えるというもの。やっとこのような動きが出てきたかとの期待を持って参加した。
第一回目であり、なにごともこれからとの段階だが、再来年の夏には開館するプレイスには時間的猶予がないのは明白だ。ハコだけ作れば良いのではないのだから。


第一回目となる今回は、長田秀一亜細亜大学教授の講演だった。図書館情報学を専門とされており、アメリカなどの先進事例を紹介しながら、図書館の新たな姿を市民も考える必要があることを話されていた。

例えば、米国アイオワ州のスペンサー公共図書館であった実話かから生まれた「図書館ねこデューイ 町を幸せにしたトラねこの物語」やシアトル公共図書館が約20億円の経済効果があったとする話などだ。

これらのことから、図書館は地域に貢献しているかとの疑問を示されていた。
知識の入手がインターネットへ移っている時代での図書館の新たな役割は何か。急速に変わっていく社会のなかにあって、必要な社会的機関なのかが問われている、と現在の図書館に投げかけられている大きな課題を示され、プレイスは、何もしないとただの図書館になってしまう。市民が図書館に何を求めているかも考える必要があるとされていた。

また、地域住民へのリテラシー教育や暮らしの質、QOLの向上に役立つこと。仕事や学習、教育を支援する施設であり、そのために集まる場所。単に情報提供だけではなく個人の創作活動や学習を支援する社会的機関にもなるべきであり、図書館が学校以外の学習の場としてどのようなサービスができるのかも考えるべきなど大きな期待も寄せていた。

講演の後に参加者からの質問や議論があったが、その中で共感できる発言が長田教授からあった。それは、プレイスの理念を実現できれば、世界に誇れる図書館になれるということ。そのためにはソフトが重要であり、誰が責任を持って計画し実行するのかを明確にするために館長を早期に決める必要があること。そして、今のこの時期で明確でないのは遅すぎるとの見解も示されていた。

★これらのことは、ここで何度も書いていることだが、無料の貸本屋、暇つぶしの場所という旧来の図書館から市民を支えるために戦略性を持った新たな図書館にならなくてはならないと私の認識と同じなのだろうと思う。
また、今時期でソフトについてが遅すぎるとの見解は、先の鉄道対策・農水省跡地利用特別委員会で、私が述べたこととほとんど同じだったことにも驚かされた。やはり、冷静に考えても時間的猶予がないのだ。

単なる図書館ではないプレイスは、新たな図書館以上のことを考え、実践する必要がある。そのためには、中心となる館長が何よりも重要であり、相当の対価(給与)を用意して優秀な方に早期に着任してもらうべきだと思った。プレイスは、机上で理念を議論することから実践する人が形を創る時期なのだ。