平成の大合併は何だったのか

地方自治ジャーナリストの葉上太郎さんに平成の大合併とも呼ばれた市町村合併は何をもたらしたのかの話を伺った。結論から言えば、何も良いことはなかった。強いて上げれば、財政破綻にすぐにならないだけ、というこだった。


葉上さんの話は、現代都市政策研究会の定例会でうかがったもの。テーマは、「市町村合併の現場を歩く~再編は自治に何をもたらしたのか」。

葉上さんは、マスメディアが市町村合併をするまで、もしくは、したときまでしか報じないため、合併したその後を全国各地を訪れて取材をしているのだそうだ。この日は、講演というよりも、参加者からの質問や議論を通じて、市町村合併はいったい何だったのかを考えてみるとの内容だった。

■合併で良くなった例はほとんどない

葉上さんは、いくつかの事例を紹介されていたが興味深い事例としては下記のことがあった。

・規模の小さな自治体同士が合併すると、役場が住居から遠くなり住むにも住めなくなる。また、中心地に人口が集中する例もあった。
昔は村を出て行く負い目があったが、同じ市内であれば負い目がない。学校の統廃合もあると子どもが学校に通いやすく、住みやすい中心部に転居し、住んでいた地区にある畑に“通勤”する例もある。
合併した自治体の人口としては変化はないが、自治体内での人口の流動が進み、結果として中心地以外の過疎がさらに進んでしまった。

・うまくいった事例として総務省でも紹介している愛媛県新居浜市の合併がある。合併して診療所が週に1回再開されるようになったというものだが、これは合併によるものではなく、医師会の努力でしかなく合併効果ではない。

・自治区を作り、住民で予算配分を考える仕組みを考えた地区があったが、最初だけで、今は機能していない。予算を使うとなると民意を反映する仕組みが必要となり選挙が必要になる。しかし、選挙を行うと地区での軋轢が起き、選挙もおこなれないようになってしまった。自治区をNPOでやっていたところもあったが、住民の支えもなくやっている人は倒れてしまった。

・唯一、良かったと例と考えられるのが京丹後市。水利権が地区でバラバラだったが合併で統一になった。その結果、水不足が解消されダムが必要なくなった。
などの話があった。いい話はほとんどなく、合併の功罪を考えると、最大限に悪くならなかった、破綻しなかっただけとしか言えない、とされていた。

■見捨てられた気持ち

マスメディアの報道は、国盗り合戦のようであり、そこに住む住民の気持ちがほとんど報じられていないと葉上さんは指摘されていた。合併での大きな問題は、気持ちの問題が最も大きく、合併された側は、敗戦国のようであり、捨てられた、見捨てられた気分となっている。また、村民から市民になると自治にかかわらくていいの気持ちになり、自治体の周辺地域から心が滅びたようになっていく。

合併による効果として公務員の人件費抑制があるが、職員が少なくなったことは住民の声が届かなくなったことでもある。自分の地域だと思って参加や意見を言ってもらうことが必要なことだが、これがなくなったとも話されていた。

さらに、国の支出で最も最も削りやすいのが地方交付税。今後はだんだんと減っていくことになり、15年後に地方交付税の算定がえがある。その時に、さらに合併が必要になるかもしれないとも話されていた。

■必要な行政サービスとは

★何のために合併をしたのかはよく分からなかった。今後、財源が厳しくなる地方自治体にとって公務員の人件費をどうするかは大きな課題だが、合併ではなく、例えば、複数の自治体で事務組合を作るというシステムも考えて良かったはず、との葉上さんの指摘には、今後ももっと考えるべきだろう。

経費削減だけを考えてしまうと、ひとつの県が四つぐらいの市だけになってしまうかもしれない。さらに言えば、東京へと集中してしまうことも十分考えられる、との指摘もあった。

参加者との議論も行われたが、行政サービスの意味も考え直すことも必要ではないかとも思えた。
例えば、財政が厳しくなることで学校は少なくなるが、なくなるわけではない。タクシー通学を行う自治体もあり工夫で対応ができる場合もある。
介護保険の保険料が安ければ良いと思いがちだが、サービスがなくなれば安くなるのであり、なくなってしまえば保険料は必要ないとの理屈もある。
地域のイベントや道路の草刈、施設管理など行政でできなくなったことを住民が自らやりだし第二の役場になっている地域もあるなどで、行政がほんとうにやるべきことは何か。やらなくても良いことも多いのでは、などなどだ。

■都市は幸せか

また、過疎化が進むことは東京一局集中が進むことになることでもある。しかし、都市は幸せなのだろうか、との疑問もだされた。
地方で給料が安くても、満員電車で通うこともなく家は広い。どちらがいいのだろうか。問題なのは、地方に夢がないとすり込まれていることだ。マスコミは都市に住む人がほとんどで、都市側からの視点で発信しない。行政のまちづくりや合併した後の新市の計画はコンサル頼みで、どこの計画も同じようなものばかりで差が分らない。地方独自の魅力を再確認する必要がある。そのためには、その良さに住民が気が付きやる気になってもらうことが第一ではないかという議論だった。

結論はでなかったが、合併は行革でしかなく、必要ではあるが、何を残すべきか。どこまでの行政サービスが必要なのか。複数の自治体で共同事業を行うことなど新たな行政の仕組みを考えることなども同時に必要ということをあらためて思った。合併すればそれで解決がするのではないからだ。

自治とはなにか。地域をどうしようか。どのように暮らすことが幸せなのかなど根本的なことを考えていないと、合併は結果的に住民が困るになることは確かだろう。

これは、武蔵野市のように合併を考えなかった自治体でも同じこと。なんとなく財政が豊かだから、あれもこれもやりましょう、やって欲しいでは、持続可能な自治体にはならないはずだ。