プレイスの正式名称決定 でも、これでいいの?

22769cd1.jpg公募していた武蔵野プレイス(仮称)正式名称が決まりました。
「ひと・まち・情報 想像館 武蔵野プレイス」というもの。

仮称ではあったものの武蔵野プレイスは、一般的な名称になっていると思いますので、この名前が正式になるは分かりますが、「ひと・まち・情報」まで正式名称にすべきなか疑問です。


武蔵野プレイスについては、これまでに公募が行われており、165件の応募があったこと。市長、副市長、教育長、設計者の4名による選考委員会方式で決定したとの行政報告が12月15日の鉄道対策・農水省跡地利用特別委員会でありました。

選考経過や採用理由については、委員会で配布された資料をご参照下さい。

「ひと・まち・情報 想像館」との言葉について異論はありません。しかし、委員会での答弁では、この名称を条例名としても使うとしていました(設置条例なので、条例名となるのはまだ先の話)。

通常、「武蔵野プレイス」を正式名称として、愛称的に「ひと・まち・情報 想像館」を付けると思うのですが、何ゆえに付けなくてはならないのか、委員会の質問と答弁からは理解できませんでした。

マイナス成長が見込まれる中、多くの自治体では事務事業の見直しや計画の変更を行っています。「事業仕分け」もそのひとつですが、これらの共通の理念にあるのが、説明の付かないことはやらない、ということです。
よく分からないけどやってしまえ、でさまざまな事業が始まり、結局は税金の無駄遣いにつながっていることがよくあります。

今回の名称と別次元の話とは思っていますが、本来は愛称であるべきものを正式につける合理的な理由が答弁にはありませんでした。
条例制定にあたってどのような文字を使うなどの規定はないから付けられるとの趣旨の答弁でしたが、それでは、付けなくても同じことです。付けないないと何がどう困るのか、付けることによって何がどうよくなるのか明確ではありません。

正式な名称が長くなれば、コンマ何秒かもしれませんが、事務量が増えますし、それを積み重ねれば大きな事務負担にもなるのでは、と思います。

なんだか納得できない名称です。役所的な発想を変えようと言っている身でありながら、役所的保守的な発想かもしれませんが。