課題は 自覚をするかどうか

8cfcd19c.JPG地方分権を進め、官僚主導、非公開型、国集中型から立ち位置を変える大改革が必用だ。キャッチアップ型による地方の創意工夫ができれ社会改革につながり、日本の革命は進む。
革命的なムーブメントを起こすパワーは、議会のほうがある。課題は、自覚をするかどうかだ、と話されていたのはマニフェスト研究所所長の北川正恭早稲大学教授(元三重県知事)でした。


北川教授の発言は、7月6日にあったローカルマニフェスト推進議員連盟の研修会であった増田大臣の地方分権についての講演を受けた形で行われた講演でのことでした。

地方分権改革推進委員会の第一勧告には、分権改革は地方政府の確立が不可欠と書かれていた。地方政府と書かれたのは初めてのことだろう。地方公共団体は今まで国の下請け団体でしかなく、上下の意識が続いている。分権が進めば、国と地方が上下ではなく対等関係になることを示した画期的なことだ。
中央政府と地方政府の協議は、いわば、政府間協議になる。

その代わり、地方の権限は増すが責任も増すことになる。
国におねだりをしているだけでは成り立たず、地方が自ら考え決定をしなくてはならない。

一方、国も金がない。地方自治体が破綻することもあり財政健全化法ができたが、自治体自ら財政権を確立しないとならないことにもなる。
すでに、地方債の発行は許可から協議に変わり、自治体の格付けも始まっている。分権は責任も追うことであり、経営が必要になる。

そして、分権で語られてきたことは、主権者、つまり住民が豊かになるか、安心できるかが住民に最も近く意見をキャッチアップしやすい基礎自治体が担うべきであり、意志決定は、合議体である議会こそが担うべき。議会が執行権者(首長)の追認機関から変わる必用がある。

自治基本条例が各地で制定され、住民が訓練されるようになり、自ら考え主権者として意志決定をするようになってきている。

では、議会はどうするか。
首長の追認ではなく、自ら議会提案で条例を作っていくことが求められるはずだ。ならば議会でもっとも重要な議会基本条例が必要だろう。

そうなれば、議会とは何か、議長の権限や委員会の権限、資格要件なども含めて考えることでパラダイムシフトが起きる、としていました。

この後は、マニフェストが提唱されて方5年を経過して標準装備になってきた。投票行動にも影響を与えている。先の参議院選挙では、郡部のほうがマニフェストを選択基準にしていたほどだ。

ウイッシュリストの公約。これをやっているから議員が信頼されない。ごまかし政治と白紙委任で借金体質になったのが今の日本。政治家も反省すべきだが国民も反省すべきだ。

公約はどうせ破られるもの、では約に立たない。不信でしかない。
住民が選択できるように説明責任を果たせる政治にすべき。地盤(血縁、地縁)、カンバン(有名)、カバン(お金)の選挙でいいのか、選挙のあり方も変えたい(マニフェスト)との持論を展開。

そして、議員は利益誘導と予算確保だけでいいのか。政策策定課程の徹底した情報公開すべきで、緊張感のある地方政府ができれば地方から変わるはずだ。地方議会から日本を変えるべきだ、とのエールを参加者に送っていました。

■北川教授と話をすると、「マニフェストは気づきの道具」という言葉を常に語ります。この言葉を借りると、今、先進的な改革をしている議会では、議会基本条例の制定や検討が始まっていますが、実は議会基本条例も気づきの道具ではないかと思います。

それぞれの議会の内情を聞くと、全議員の意識改革とはなっていないようですが、策定課程で、今のままの議会でいいのかと考える議員が増えているように思うからです。

マニフェストは、しょせん政治なんて、という住民の意識を変えることにもなり、政治家自らが役目や政策立案能力に気が付かされることは実感しています。同様に議会基本条例は、議会、議員が何をすべきかを明確にするものですので、策定課程で議会の意味自体を再考することになるのだと思います。

議会とは多様な意見を持つ議員が、議論して何が最善かをまとめる合議機関であり、首長のようにひとりが決定すればいいのではありません。
ひとりの意見を主張していれば良いのではなく、他者とどう折り合いを付けていくか。それこそが合議制の議会だからできることであり、民主主義の骨幹ではないでしょうか。合議を前提にしないのであれば、議会の必要性がなくなるかもしれません。

議会とは何をやっているか分からない。そんなものだという常識を変えるべき。行動するべき、との北川教授はメッセージを投げかけていましたが、どれだけ浸透するのか。住民に気が付いてもらえるのかは、議員自らが行動することがまずは必要でしょう。

具体的にと考えると、当面は模索が必要かもしれませんが…