PIは失敗?

2月22日に外環道路協議会が開かれ、「外環道路とPI」とのタイトルで井上赫郎さん(まちづくりコンサルタント、杉並区都市計画審議会委員)の講演がありました。講演のなかで、外環道路で行われてきたPIについて(私見ですが)多くの問題があると指摘されていました。

この指摘には私も同意見です。外環道路の廃止の選択肢もありで始まったPIでしたが、結局は、建設するためのガス抜きの場、やりましたよ、という理由付けに利用されているように思えてならないからです。


外環道路とPI(パブリック・インボルブメント Public Involvement)について、井上さんは、次のようにまとめていました。

・(PIは)一般には「住民参加」とか「住民参画」と称される。たんなる説明会ではない。

・(PIの)ポイントは、ある計画や事業を検討するにあたって、必要な情報の公開・住民意見の聴取・住民意見の反映にあるといわれている(アメリカに事例が多い)。

・(外環道路の検討の)当初段階で存在した有識者委員会によると「PI手法は、基本的な情報を共有して、対立する論点に対し、解決策を見出す手法である」という。

・外環道路は、大型公共事業ではじめてPI方式が取られた。

しかし、外環道路のPIには、多様な取り組み、情報提供、記録公開は評価するとして、下記の問題点があると指摘していました。

・前提条件の確認がないと難しい(どこまでを話し合うのかの確認。今回は、本当に廃止もありうるというゼロベースだったのか)。

・内容を深めていく討議が必要。意見発表会ではない。公平な進行役が必要。

・関係機関の認識の欠如、PI方式を尊重する姿勢の欠如。途中段階での協議会無視の外環の記者発表の多発などがあった。

・評価・審議する第三者機関の必要性。早期での有識者委員会の解散は、無責任ではないのか?

・どの時点で、どの場で、誰が最終判断を行うのか透明性が必要。単なるガス抜きの場ではない。

また、今回は行政側は作ることが前提で納得させようとの意識があったように思う。司会が東京都の職員であり、会議が公平に進められたのか、仕掛けとしておかしい。結局、意見発表会で終わった、との指摘もそうだよな、と思います。

井上さんは、東名以南の外環道路の地域PI(世田谷区) 進行役を引き受けている立場もあり、言葉を慎重にしていましたが、これらの指摘は、これまでの外環PIの根本的な問題ではないでしょうか。

建設に反対の立場の市民側は、ゼロベースもあるとの意気込みであっても、行政は建設するものだとの想定で会議が進められていたように思えるからです。

さらには、当初は考えられていなかったオリンピックのために建設することもおかしなことでしょう。途中から他の目的も加えられたのですから、議論自体を考え直すことにもつながると思います。

PIのあり方にも問題はありますが、当初から外環道路の問題に関わっていた人からあった会場発言を聞くと、なぜここに外環道路が考えられたのかという“そもそも”にも問題があったことも分かりました。

その発言は、「道路の計画地を複数用意し廃止も含めて議論する戦略的アセスメントで考えるべきだった。当初は5つの計画線があったのに、明確な理由もなく今の路線に決まってしまった」
「一番の問題は、有識者委員会が中止になったことだ。本来は、PIのチェック機関だったはずなのに無責任だ」
というものです。

そして、これらの前提があるから「結論が決まっているから、理屈をつけているだけ」という発言にも、そうだよな、と思えてしまうのです。

作るなら正々堂々と情報を出して議論の俎上に上るべき。適当にうるさい住民を誤魔化しながら、いつの間にか建設してしまおうとしているのが外環道路なのかもしれません。

武蔵野市では、これから地域ごとのPIが開かれることになります。
しかし、開いたからそれでいいだろう、という建設のためのステップとされる可能性もあります。開くのであれば、何を議論するPIなのか。議論から得たものを誰が何に使い、誰が何を決定するのかを決めてから開くべきだと思います。

外環道路の全体PI(沿線各自治体から代表者が集まったPI)がスタートしたのは、当時の大臣が、それまで作るか作らないかを考えてこなく凍結していたことに遺憾の意を示し、ゼロからやろう呼びかけがあったから始まった、と会場の方は話されていました。

とすれば、今の状態は前提が違うことになり、建設が進むことがおかしい、とならないのでしょうか。