市民の参加がなき協働は、癒着の始まり

2月20日に「NPOと行政の対話フォーラム」~「温故知新」めざす連携の姿とは~(主催:特定非営利活動法人 日本NPOセンター)に参加してきました。

いわゆるNPO法が施行されて今年でちょうど10年になることから、これまでを振り返り、課題を整理して今後を考えようとのフォーラムでした。


午前中の全体会を聞いていて思ったのは、2000年に地方分権一括法が施行されたことで、基礎自治体が国の言いなりにならずに、自主性と自立性を十分に確保できるようになっている。

言い換えれば、国の指示で自治体を運営するのではく、市民主体、市民が主役の市政運営ができるようになったのですが、この制度を活かしていない自治体(議会を含む)があること。

いろいろなことができるようにはなったものの、財政が追いつかないのが現実で、行政が、あれもこれもやるではなく、あれかこれかでしかできなくなった。だからこそ、NPOなどと連携して市民生活をより豊かにすることが求められてきたのが、この10年だった。

そして、協働をしない限り自治体が地方分権時代では生き残っていけないことが明らかになった10年でもあった ということです。

全体会では、協働の先進市である森貞述高浜市長と福嶋浩彦前我孫子市長がパネラーとして登場し、これまでの取り組みを紹介していました。

参考になる話はたくさんありましたが、印象深いのは、地方分権一括法によって自治体が責任を持つことになった。隣の市であるサービスが、自らの市になくてごめんなさいではすまされず、提供する責任があることなった、という話でした。

国に頼んで補助金をもらえれば事業をするという行政ではなくなったことであり、だからこそ協働が必要ということです。

なかでも最も重要だと思えたのは、民間に任せたり協働をする場合、コスト削減が目的になる場合が多いが、そうではなく、これからは質を基準にすることが必要だ。

住民にとって行政がいいのか、民間がいいのかは、質で判断するべきで、それは行政が判断するのではなく、市民の利益になるのはどちらが良いかで市民が判断すべきだ、というということでした

協働についても、協働することで何をするのかという目標設定をしておかないと、協働することが目的となってしまう。市民の福祉向上が目的であるはずで、その受け手である市民が、協働がいいのかどうか。成果が上がっているのかどうかも判断すべきだということです。

市民の参加がなき協働は、癒着の始まりだ、という言葉も印象的でした。

昨今の武蔵野市では市民との協働が大きなテーマとなっていますが、先進例を見てみると、遅い、と言わざるを得ません。ですが、過去に戻れるのではありませんから、今からに期待をしたいと思います。

協働には必然性があり、そして、そのためのルールづくりも必要なのです。