「分権と自治体議会が問われていること」

2月14日に東京都市議会議員研修会(主催:東京都市議会議長会)が行われ、「分権と自治体議会が問われていること」との演題で松下圭一法政大学名誉教授の講演を聞いてきました。
内容は、これまでに松下名誉教授が主張していたことでしたので、“衝撃”というほどの内容ではありませんでしたが、地方分権が進むことにより自治体議会の重要度が増している。国には期待できないこともあり協働が今後重要になり、自治基本条例が必要だ、との指摘には共感しました。だた社会教育は必要ないとの論には疑問を持っています。


松下圭一名誉教授については、細かい説明は不要でしょう。自治基本条例をいう言葉を始めて使い出したのも松下名誉教授だと思います。武蔵野市においては、長期計画(総合計画)にも携わり、市民参加手法を取り入れたことで、総合計画の「武蔵野方式」という呼び方が知られるようにもなっています。

この日の講演で話されていたのは、国は借金が多く、自治体へは今以上にお金は回ってこない。少子高齢化で福祉費用はかさむし人口減で税収は減る。予算は増えていくのでなく、減っていくことを前提で行政は考えるべきだ。行政の無駄をなくす必要があり、スクラップ・アンド・スクラップをするべきだ。その上で、行政職員よりも知識のある人も多いのだから、市民という財産を使う、協働していくべきだ。そのためには、自治基本条例が重要になる。

自治体議会(地方議会)については、地方分権が進み、自治体議会の重要性が高まる。国とは違い二元代表制を持つのだから、独自の調査(公聴会、参考人制度)を活用すること。行政側に反問権(反論する権利)を認めて議会の議論を深めることなどで政策立案機能をもっと持つべき、との主張だったと思います。
これらのことは、強く共感できると思います。

国の借金状況については知られている通りですが、対CDP比の1.5の借金(国債など)があるのが今の日本。EUの加盟条件に、国の借金が対GDP比0.6倍以内という規定があり、EUに加盟できないような状況だ、との話もありました。尺度を変えることで、国の姿も見えると思いました。

さて、自治基本条例や自治体議会の重要性には共感できるのですが、社会教育は必要ない。市職員を配置することで費用がかかる。市民が自主的にやるべきだ、との主張には、今を思えば、果たしてそうかな、と思いました。

松下名誉教授には、『社会教育の終焉』という著作があり社会教育には批判的です。主張としては、コミュニティセンターを市民による自主運営・管理することで、市民自治の訓練になり市民自治が発展する。教育機関である社会教育施設(公民館など。武蔵野市では市民会館)では、社会教育職員によって教育を受けるたんなる受益者だけとなり発展性がない。現実的に利用者は激減している(講演での発言。そうかな、と思いますが)。コミュニティセンターと社会教育施設は反比例の関係にあり、市民活動が発展することにより社会教育は終焉する、ということだと理解しています。

武蔵野市は、この理論の影響を受け、東西6.4km、南北3.1kmという狭い面積の市内に17のコミュニティセンターと二つの分館、ひとつのホールを設けいています。その代わり、公民館と児童館は一館ずつしかないという形態となっています。
確かに活発なコミュニティセンターもありますが、貸館機能がメインと思われるコミュニティセンターもあるのではないでしょうか。
もちろん、自主運営ですからそれも選択の一つであり、とやかく言われる筋合いはないのでしょう。しかし、運営する人たちの高齢化が進み、若い人がなかなか入ってこないとの話をよく聞くのです。

仕事が忙しいことや地域に関心が薄くなっている背景にはあるとは思いますが、コミュニティセンターセンターや市民自治に関心を持つようになるきっかけが少ないのでは、と私は思えています。つまり、ある程度の呼び水になる社会教育(生涯学習でも良いかも)が必要ではないか、と思えるのです。

その役目は、行政職員ではなくても良いはずです。例えば、対価をしっかりと払いNPOに委託することでも良いのだと思います。市民に任せることは重要ですが、その前段階が今の時代には必要ではないでしょうか。

今年78歳になるとは思えないほど力のこもった松下名誉教授の講演会でした。これからは、より力を発揮すべきなのが自治体議員です。とにかくダメ、とか、会派で決まったからではなく議員ひとり一人が調べて議論して判断していくことが、まず求められる、しれが分権の大きな力になると思います。

【参考】
Wikipedia 松下圭一