予算否決の言い訳をするな

9月28日の本会議で18年度決算が全会一致で認定(賛成)となりました。

課題点や評価などを含めての認定理由は、先の決算委員会で各委員が述べた理由と同じような内容でした(正式には、議事録をご参照下さい)

理由はそれぞれですが、なんかなぁと思うのは、18年度の当初予算を否決した会派から、予算否決の影響はなかった、中学校給食の遅れや校庭芝生化が遅れたのは、予算否決が理由ではなかった。さらには、否決されたのは邑上市長の責任だ、との主張があったことです。



予算を可決する、あるいは否決することは、議会にしかできない重要な権限です。首長は、予算の編成や執行はできますが、決めることはできないのです。議員が、たとえ否決したとしても、その権限を使ったことへの責任は、否決した議員が担うべきです。
予算が否決されれば、できなくなることは当然あります。市民生活に影響があることが分かったうえで、予算を否決したのではなかったのか、と驚いてしまいました。

否決して影響がないのであれば、それこそ何のための予算なのか、予算審議なのか意味が無くなってしまいます。
自分が行った判断について、言い訳をしているとしか思えません。否決理由は別問題としても、それだけの自覚を持って判断をしていなかったのか。たんなる感情で否決しただけなのか、と思えてしまう主張でした。

18年度予算を否決した全ての議員がそう思っているのはないと思いますが、責任を持って判断していなかったと思えてしまう主張でした。
夕張市の破綻で、議会は何をしていたのか。議会の意味がない。議会に責任はないのかと議会の存在意義が問われているのですから。