教育にはコーチングが必要 ホームスクールも考えてみたい

23日には、市内で行われた「学校は社会を変えられるか」との講演会に参加しました。
主催は、まんなか市民会議Ⅱ。
講師は、アットマーク国際高等学校の校長先生、日野光三さん。

この高校はインターネットを利用して、日本とアメリカ双方の高校卒業資格が取得できる単位制の通信制高等学校です。

講演では、インターネットの可能性というよりも、コーチングの重要性について話をされていました。
コーチングは高校だけでなく、不登校という問題をかかえている公立小中学校にも必要であると思いました。

また、アメリカには不登校がいない、との話しも教育制度を考えていく上で非常に参考になりました。


日野さんは、教師出身ではありません。
民間会社に勤めていて、パソコン通信の運営に携わり、そのなかで不登校の子どもに出会ったことからITを使い何かできないかと模索を続けて、アットマーク国際高等学校を設立したのだそうです。

余談ですが、パソコン通信とかBBSとかの話しされていると、インターネットが普及される前の頃を思い出してしまいました。時代が劇的に変化していることをあらためで認識しました。

さて、冒頭のコーチングですが、学問を教えるティーチングではなく、子どもと相談し一緒に考えている人となります。
マラソンで言えば、どう走るのかの技術だけでなく、シューズの選び方やブランドの好みなど話し相手になったり、目標をどうたてるか、毎日をどう過ごすかまでを個別に相談していく人となります。

目標や技術を教えられても、一人だけではくじけてしまいますから、一緒に練習をしたり、今日はどうするかなど話しかけるなど、教える側ではなく子どもと一緒にいることで子どもを成長させていく役割なのだと思います。

子どもは自分が認められていると感じること、否定されず聞いていくれることで、自ら望む方向へ自らの力で進む力を持つことになる。技術だけでなく、子どもの気持ちを高揚させるテクニックが必要だ、と日野さんは話されていました。

同じような言葉にコンサルタントがありますが、答えを教えてしまうのがコンサルタントであり、子どもが自ら見つけるようにするのがコーチングとなります。
通信制の学校は、毎日学校に子どもが来るのではありませんから、コーチングがより必要になるのだそうです。

そして、このコーチングが不登校対策としても重要だと話されていました。

不登校の子どもと話をすると、なぜ不登校かと問いただしてしまいますが、過去のことではなく、どうしたら行けるのか、行ったら何をしたいか、学校では誰と話をしたいかなど、先のことを少しでもいいから話しあっていくことで、子どもの関心が学校に向いていくと話されていました。

武蔵野市の公立中学校には、60人弱の不登校の子どもがいるとのデータがあります(最新ではありません)。
6中学がありますから、一学校に10人。一学級に一人はいることになります。

学校の先生も努力はしていると思いますが、日常の授業もありますから、不登校の子ども一人ひとりで対応することは並大抵ではないでしょう。
となれば、このようなコーチングができる人材を市として(教育委員会として)採用するなり、外部の団体などと提携して来てもらうようなことが考えられないか、と思いました。

中学校が義務教育ですから、本来は不登校はあってはならないはず。
学校に来ることだけが教育とは思っていませんが、対応は必要なはずです。

冒頭、アメリカでは不登校がいないとしましたが、これは、アメリカでは家庭などを学校にしていいとの法律があるためで、このような学校をホームスクールと呼んでいます。

NPO 日本ホームスクール支援協会によれば、アメリカではホームスクールに通う子どもが200万人を超えるほどいて、学校に通う年令にあるアメリカ国内の子ども全体の5%以上を占めている。
最近では、ホームスクールの教育効果が高いと認められてきたこと、教材やカリキュラムの充実、インターネットの普及などでより積極的に「ホームスクール」を選ぶ家族が増えているようだとしています。

また、ホームスクールには決まった形がなく、家のリビングや図書館、美術館、自然の中で体験することでも良いのだそうです。
たとえば、ボールをつきながら九九の暗記をしたり、バスに乗りながら地理の勉強をしてもいい。ボランティアをしたり、町内の人と一緒になってお祭りを手伝ったりすることも勉強、としています。

日野さん自身にも不登校の実体験があったこと。
お子さんが自閉症でもあったこと。奥様が教師であったこと。
そのうえでアメリカへ出張したときにホームスクールを知り、従来の学校教育ではなく、不登校対策 学力低下対策には、劇的な発想の転換が必要と考え、民間の発送を生かしサービス業としても考えられないかと学校を始めたのだそうです。

私も小学生の頃は学校に行かないことが良くありました。
学校よりも本を読んでいることが好きだったのが理由のひとつですが、もしそのときにパソコンでもあったら、不登校になっていたと思います。
学校が嫌いなのではなく、より興味があるものに引かれてしまう年齢だったのかなと思っています。

不登校の問題は、学校や家庭だけの問題ではありません。
社会として考えていくべきでしょう。
塾の加熱は個別対応を求めているひとつの形にも思えています。
子ども一人ひとりの教育対応のひとつとして、学校教育以外の“学校”も考えていく必要があると思います。

不登校対策は、学校教育だけではなく、子ども一人ひとりにあわせた教育、社会も一緒になって考えていくことも必要では、と思いました。