護憲運動って

教育基本法の改正が今の国会で行われようとしています。同じように憲法の改正をするための国民投票法案も今の国会に出てきそうな動きもあります。
賛否の割れる課題を小泉首相の任期内で片づけようとしているのでしょうか。
真意は分かりませんが、今までの国の根幹を変えようとする流れの中で、憲法を考えるミニ集会で考えさせられる発言を思い出しました。


このミニ集会は、今年の1月に武蔵野市内で開かれたものです。
「護憲運動って何だ」とのテーマで、20代の若者が発案し、平和を守りたいがどうしたらいいのだろうか。旧来の護憲運動でいいのだろうか、とのテーマで参加者同士が意見を交換するという内容でした。

参加者の年齢は、20代の学生から70才代までと少人数ではあったものの、幅広い年齢層が参加しており、年代によって考え方が違うことがよく分かりました。

若者は、平和に関心があるどころか政治を含めた社会に関心がない。
ネオコンではありませんが、戦争にあこがれているんじゃないか、とのイメージがありましたが、話しているうちに関心がないのは、若者だけでのことではなく、どの世代でも同じようなものと互いに分かったような気がしました。

ただ、70代となれば、リアルタイムで覚えている人があり、また、その子ども世代であれば、家族の話に戦争が登場してくるので、多少なりとも関心が高いのかもしれない。
孫世代になると風化していくのかな、と思えました。

逆に風化している今だからこそ、教育や憲法を変える動きが加速化し現実味を帯びているのかもしれません。

このミニ集会の参加者の中に車イスに乗った人がいました。
言葉も不自由なので、多くを聞くことができませんでしたが、この人が話す内容には今まで知らなかった戦争の一面を見たように思えたのです。

この人が話すには、障がい者であるのにもかかわらず、先の大戦では兵隊の検査を受けたのだそうです。
言葉が不自由で車イスでしか移動することができません。
今であれば、バリフリーが広がり移動することもできるようになっていますし、車イスの人を見ても偏見は少ないと思います。
しかし、太平洋戦争の時代ですから、この人がどのように思われていたか考えてしまいました。
そのような人でも兵隊にしようと考えていたのです。

その人が言うには、もし戦争になれば、障がい者が一番最初に殺されてしまう。弱者を殺すのが戦争なんだ。だから戦争は絶対にダメだ、と感情を荒げて話していたのです。

戦争のことは話しに聞く程度です。
私の叔父も戦争に行きましたので、赤紙が来た話とか戦場では人を殺してきたとの話を聞いてはいますが、リアルな感覚ではありません。

戦争になれば障がい者が一番最初に殺されるんだ、とのこの話は、現実の話として考えてみると、戦争状態では守ることはそう簡単ではないでしょうから、結果的にはそうなってしまうのかもしれません。

愛国心をどうするか、との話題がマスコミをにぎわせています。
国を愛する心は強制されて生まれるものではないと私は思っていますが、この議論の先に、軍隊や戦争の陰が見えてしまうのは考え過ぎなのでしょうか。
その陰が現実となったとき、障がい者はどうなるのでしょうか。
戦争がどういうことなのか、考えさせられた集会でした。